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ヤマビル あれこれ

              ヤマビル 雑記

          見下して蛭をさげすむことは易し  山口誓子
                                 藤原昧々  2008.06.30(記)

はじめに
 いわゆる血吸いビルと人間とのつきあいは、人類文明の変遷興隆とともに何千年もの間につちかわれてきた長い歴史をもつ。 たしかに、「ヒルみたいな」という言葉は、今も昔も「しつこくまとわりつく」、「たかって他人を食いものにする」、「強欲な高利貸し」といった最低のイメージをもつ「魅力ある」形容語であることは洋の東西をとわず否定できない。 しかし、ヒルはそのひとつの語源が「お医者さん」であるように、人間の肩こり、うっ血、腫れ物などの治療に欠かせない有益生物として採集、飼育され、大事に扱われてきた歴史ももっている。 日本でも事情は同様であり、医療用生物として瀉血用にさかんに用いられてきており、近世まで、山間部では雑貨屋で売られ、町なかでもヒル売りの行商人がいて俳句にも登場している。  
 そうした、医療用に用いられたヒルの歴史がある一方で、いま話題の困ったヤマビルの存在があり、その被害は最近ほとんど全国にわたり、かなり広範かつ深刻なものになってきた。
 その原因は、里山の荒廃、野生動物の増加と進出、地球の温暖化などによるといわれている。   
ヤマビルに関する知識、情報はネットなどをつうじて今は多方面から豊富な収集が可能である。 ご承知の方も多くおられるとおり、ネットのホームページ、ヤマビル研究会(以下、ヒル研さんと略称)の情報は圧倒的に多彩、豊富で、ヒルに関心のある方はまずそのページをご覧いただけるといいだろう。 ふつうはこれで十分になっとくし満腹なされるはずだ。
 私はこれまで、そういったネット上の巨大な情報世界にまったく疎く、井の中の蛙のまま図鑑類や実地試験をつうじて知識の蓄積につとめてきたひとりだったが、今度、同研究会の記事を拝見して、これまでの自分のうすっぺらな知見などあわれ木っ端微塵に吹き飛ぶのを痛感した。 
 そこで、私の駄文が屋上屋を重ねる愚に陥らないか、まことに心落着かぬ次第だ。

 とはいえ、「ぬめぬめ、ぐねぐね」して、ちっちゃいくせに、血なまぐさくて凶猛であり人騒がせなヒルはやはりこだわってしまう動物だ。  ヒル様は、ハイカー、登山者、生物・植物愛好者や研究者たちのつねに忌み愛してやまぬ、興奮をよぶ話題の提供者にまちがいなく、ヒルを語るそれら善男善女の方々は国境をこえ皆がみな表情が若返り生き生きするようだ。 私としても、そのような楽しい談論の輪にもぐりこまないわけにはいかない。 超然としてはおられない。   
 そこで、同研究会の記事をいろいろ参考、借用させていただきながらも、私なりに今回勉強してまとめた、あるいは脱線した、さまざまな山のヒル情報を報告させていただきたい。
                   (拙文中、誤りについては忌憚ないご教示を乞います。)

ヒル類 とは
環形動物門(ミミズの仲間)、ヒル綱(または亜綱)Hirudinea の動物。
科の系統、分類は再検討を要するとされ、種数や特徴もそれによって動くので深くはふれない。 海中、淡水、陸上に生息。  水中の有機堆積物や水生の無脊椎動物を食べたり、魚から人間までをふくむ脊椎動物の体や口腔内に寄生して養分をえる。
ふつう体の前端(口周辺)と後端(肛門の下側)に吸盤をもち、吸盤を離したり接着して上下に動き尺取虫のように移動する。
ふつう34体節からなり、剛毛、疣足はない。 皮膚呼吸をし、心臓は2個ある。
ふつう雌雄同体で、腹面に雌雄の生殖孔を開く。
体の前方に光の強弱を感じるセンサーである眼点をいくつかもつ。 
各国で、湖沼の消滅、乾燥化や公害のために分布域と生息数は激減しており、今日、西欧では医療用ヒルの保護と飼育への取り組みは活発である。
各種のヒルが何千年も前から医療用に利用されてきた。 一方、そのような吸血性ヒル以外の大部分のヒルは歯がなく、ミミズなどの無脊椎小動物を丸呑みして養分をえる。

ヒルの各種 
 ヒルといっても多士済々。 毛虫と同じで、ヒトに害悪をあたえるものばかりとは限らない。 詳しくは先ほどのネットの説明などを見ていただきたいが、ただちょっと、2種にだけはふれておく。 

 かつて河川や田んぼ、湖沼に多くいたチスイビル(ヒル綱ヒルド科)Hirudo nipponica は、農薬のために現在は激減している。 体長約8cm。背面の体色は緑灰色、縦に5本の黄色の線が走る。内面の側盲嚢は膨張し体重の十倍の血液を一時保蓄できる。
瀉血用としてヒルに血を吸わせる治療にも使われた。 吸血すると4~5ヶ月間は絶食できる。つまり年に2~3回血を吸えば楽にくらしてゆけるしくみ。
口、鼻、耳、肛門、性器、まれに眼球など、人体の開口部に侵入してくることもある。 数や部位によっては、ヒルの膨張による気道の閉塞や出血など危険であり注意を要する。                                           
 一方、山里、庭や公園で、顔の側面がえらのようにはりだした扁平な大型のヒルをよく見かける。 これはミミズなどを食べるコウガイビルで、人畜の吸血はせず、ヒルといってもまったく別類(扁形動物門)の動物だ。 女性がむかし髪飾り用に髷に挿した櫛の笄(こうがい)にその横張りが似ていることからついた名である。

ヤマビル  
環形動物門 ヒル綱 顎ビル目 ヤマビル科
学名 Haemadipsa zeylanica var. japonica
鈴鹿山系ほか日本の山で今問題になっている種

特徴 (ヤマビル)
体は紡錘形、円柱状で、体色は帯黄赤褐色。 背面に多数の小さいイボ状の突起をもち、3本の黒っぽい縦すじがはしる。
口には管状器官である吻(ふん)がなく、前吸盤の奥にY字形の3個のノコギリ状の顎があり、それぞれに細かい歯が90個近くある。 ヤマビルは呼気、体温、振動を感じて移動、接近し、この歯を前後に移動して吸着した動物の皮膚を裂き破り、血管に傷をつけて血液を吸う。 だから例えば、蚊が針を刺して吸血する仕方などとはまるきり方法が異なる。 刺すのではなく、噛みちぎるのである。 
単眼は5対、つまり10個あり、明暗の判断をしている。
また頭部にはセンサーがあって、熱、風、二酸化炭素などを感知する。

 ヒルジンという抗血液凝結成分を唾液からだす。 このため、吸血後もしばらく出血がとまらないし、入浴時にまた出血することがある。 ただ、出血の量は問題にならない。
ヒルジンには痛みをとめる麻酔成分もあり、噛まれた時も、吸血中にも痛みがなく気がつかないことが多い。
* 蚊やアブはあわただしく用を済ますが、ヒルはじっくり吸血できる進化したしくみをもっている。
* たしかに登山中、夢中になっていると気がつかないが、実際の経験では、咬まれた瞬間には軽い痛みが       あり、その時点で点検して処置すると被害は軽微ですむ。

 体重の10~20倍の血を吸血するが、それは、体内に摂取した血液のうち不要な水分を吸血中に体外へと滲出させ、必要な養分だけを内部に留保する機能もあずかって可能だという。
 ヒルの消化管には、寄生した動物からのバクテリア、ウィルス、寄生生物などが長期に生きていて、吸血の際などに吐出すると人間に移される可能性はあるかもしれない。 ただ、ヒルの媒介による注目すべき感染については例はみられないとの論もある。

生息地・条件
 「南日本(今では北海道、四国をのぞくほとんど全国各地)の湿気の多い山林(今では、哺乳動物が立ち寄る、都心部をのぞく住宅地の草地でも)の樹間や落ち葉の間にすみ、哺乳類やヒトの血液を吸う。 本種の存在によって山林での野生の哺乳類の棲息が逆に推測される。」 以上が、15年前の或る動物図鑑の内容であり、括弧内の訂正は筆写の記述であり、これをみても現今のヤマビルの拡散ぶりは甚だしい。
 私たちの経験では、山中で平均的に散在して生息していることはなく、生息数の多少は場所によって極端に偏る。 1匹(頭、が正しいか)いたら周辺にはおびただしくいると判断して、すばやくその場を去る努力をしよう。 とはいえ滝の高まきなどで進退きわまっているときに襲われたりすると、これこそ「泣き面に蛭」である。
 ヒル研さんの報告では、ヤマビルは水中に2~3日は楽に生息する。 我が家でも知らずに衣類とともに洗濯機で洗ったのが一ヶ月後にも生きていたことがある。
水に強いわけで、落ち葉や土砂などと共に雨に流されてその生息範囲を広げる。 鈴鹿の登山道でも、道を雨水が横切り寸断するような箇所の両側にヒルが多いのもそのせいであろう。 駆け足で通過しょう。
 最適気温は20~25°Cで、低温には強く、酷暑に弱い。  ヒル研さんの実験では、-5°Cで3時間は生息。一方、35°Cでは24時間で全滅したという。 酷暑の続いたいつぞやの夏に、ヒルが鈴鹿の山からすっかり姿を消したのもそういうことだったのだ。
近年、山の落ち葉の分解が進まず、土壌の乾燥化とあいまってか、キノコの発生が驚異的に減っている(キノコ同好会での感想)。 落ち葉の堆積によって冬期の地表への日射が妨げられ、ますますヤマビルは越冬環境がよくなっているという。 里山の落ち葉掻きがヒルの発生を抑えるという。 里山の荒廃もヒル増加の一因だ。  (以上、ヒル研さんより)
 哺乳類、とくにシカの足にしっかり喰らいつき、シカの移動にともなって確実に生息域を広げている。 里山から人里へとシカが侵入してくるとヒルも身近な生活圏に殖えてくることになる。

シカ増加の影響
 シカの増加、進出によるヤマビル被害の増大は看過できない深刻な問題になりつつある。
筆者の居住地にちかい鈴鹿山系のヤマビルは1990年ころ以前は、北部山岳地の石灰岩質の山には居ても、それより南部に位置する花崗岩質などの御在所山、鎌ヶ岳以南の山では出ない、とされていた。 また北部の山でも、標高が700mあたり以上になると見られなくなるとされてきた。 ところが、現在はそうとはまったく言えなくなり、南部の山系にもいるし標高が高くても現れる場合がある。 御池岳でもヤマビルの生息は標高790mの長命水あたりまでであったが、今は標高1200mの奥の平あたりでも、ササ(イワヒメワラビに変じつつある)が踏み荒らされているところでは猛烈なヤマビルにとりつかれることがある。 イノシシやシカなど、哺乳動物によって運ばれているのである。
 これまたヒル研さんの各種記事が詳細でとても参考になったが、その教示によると、吸血したヤマビルの血液をDNA鑑定すると、シカ、カモシカ、サル、ウサギなどの血液が多くみられ、特にシカが著しく多いという。  ヤマビルはシカの蹄の間の柔かい肉を好んで吸血するが、繰りかえして吸血されるとシカのその肉部には穴があき、いっそう住みつきやすくなったヒルはその穴を拠点にして自由、安全に吸血と生息範囲の移動、拡大を図ることができるという。 シカの足にできるこの穴はしだいに固くなってコブ状になり、それは「有穴腫瘤」と呼ばれる。 かなりの数のシカに有穴腫瘤がみられ、そこで半寄性状態となるヤマビルはシカとともに、その生息範囲を広げてゆく。 シカから落ちても、シカの行動範囲なのでまたシカにとり付くことが可能である、という。 (千葉、房総半島、浅田氏ら、1995年)

被害と対策
 私がヒルに喰われた最初の体験は、休憩中に足に違和感をもち、靴を脱いでみたときだった。
太く丸まったヒルがこぼれ落ち、白地の靴下の3分の1ほどが血で赤く染まっていて、これなんや!と驚いた。その日の晩、風呂で再度出血した。 その後しだいにやられる機会は減っていったが、やはり神出鬼没であり、思わぬうちに思わぬ部位に侵入され狼狽することがある。 
 被害がこと他人、しかも親しい人やベテランに発生し、その「あーっ」とか「きゃー」とかの悲鳴、絶叫を耳にするときほど、同情をつくろいながら内心からこみあげる抑えがたい喜びと優越感はないと告白する友人もいる。他人のヒル被害は自分の幸せであり、ヒルほど微笑ましい動物はいないらしい。

 ヒル忌避材の実験のために私などもヒルの収集をさかんにやった口だが、万全の準備をおこたりなく済まして出陣したはずが、戻ってから点検すると、長靴のなかや首筋にいくつかたかられていて震撼したことは何度もあり、ヒルとの攻防はさほどに奥が深いと感心する。
 対策法になるが、人間の暮しと旅行があるかぎりヒル対策は世界中の関心事であり、真偽とりまぜ星の数ほどの情報が地球上にとびかっている。 いずれも完璧な防御法はないとなげいている。 おちつくところは、平凡な対処法になってしまう。 地球や自然は人間の独占物ではなく、ヒルにはヒルの言い分があるのだから折りあって我慢するしかない。

 さて、居そうな場所を知ることが第一だが、それは徐々に身につくとして、まずは準備である。
対処法だが、一長一短、人それぞれの価値観、考えかたもありこれがベストとは一概にいえない。 まずは先輩、ベテランの方々の経験と叡智に学ぼう、そして同時に新しい知見をも試み採用する柔軟さがほしい。

忌避物質を考える  多士済々だ
 専門の忌避剤が開発、商品化され販売されている。 そちらはネットでゆっくりご覧になられてじゅうぶんに検討しご活用なさってください。
それらとは関連したり離れたりしたところでの、私の経験と感想を以下に。 

 木炭酢、竹炭酢は、ネットによると非常に有効だという人がいるが、私の実験ではそうでもなく、近辺のヤマビルにはあまり効果はないようだった。 炭焼きの歴史が長かった鈴鹿山系のヤマビルには木酢に順応するDNAが備わっているのだろうか。 マサカ。

 2002年6月?日の朝日新聞夕刊に、カフェインの成分がヤマビルに絶大な殺虫効果があるというアメリカの研究報告の記事が載っており、さっそく長距離運転手さんが愛用するという強力カフェイン剤を2種類購入してそれらを砕き濃厚な液にしたものを長靴に塗布して実験してみたが、驚いたことにこれは連中まったく平気の平左だった。 私の実験のどこが誤っていたのかいまだにわからない。 

 よく知られるとおり、サロンパス、ハッカ油は、忌避効果が確実にある。 ヒルは頭部先端を靴の塗布面に当ててみては引き、また当ててみては引きを5回以上は繰り返したのち他方に移動した。 嫌なのだ。 ハッカ油は値段も安くかさばらず、たしかにおすすめだ。 とくにヤマビルより被害の症状が激甚であるブユ(ブヨ、ブト)対策には効果があり、釣り、キャンプ、沢遊びなどには非常に役立ち欠かせないだろう。   
 こうした強い匂い系の忌避剤にメンソレタームのラブがあり、沢歩きの際に地下足袋の周囲に塗りつけて効果をあげている先輩がおられる。 この先輩は独歩、独自の登山スタイルを構築された超実力派の山愛好家であり、氏の推薦の言はふかく傾聴すべきであり、即お薦めである。
 氏からお聞きしたが、中国は四川省山間の裸足の住民たちは、足にじかに石鹸を塗りつけてヒルに備えているということだ。 納得できる対処法だ。 
 以上はすべていわゆる自然にやさしいタイプ系といえよう。 その点はじつに好ましいのだが、ただ、ここからは好みの問題で小声でつぶやくが、私はできれば「無臭」のものを選びたい。 
それは、山間の大気、わたる風、しめった落ち葉、樹々や草花などのかぐわしい自然の匂いの贈り物をそのまま直に感じとりながら歩きたいが為で、強くて場違いな人工の匂いの発散はちょっと敬遠したいのだ。 おなじ理由で、熊さんが出ようが出まいが鈴鹿の山をチリンチリンと傍若無人に鈴を響かせて歩く登山者も私は敬遠する次第。

 両面接着テープやガムテープの接着面を長靴に帯状に貼りつけてみた。 ヒルは存外に接着面は平気で、くっつきもせず移動できる。 ただ接着剤の揮発成分が気にいらないのか、動きをとめてじっとしている。 この方法は、歩行中に接着面に土や塵や草などが付着してすぐに接着効果がなくなってしまいどちらにしても駄目である。

 ある時期、塩をもっぱら愛用した。 これは台所から入手でき、安価で携帯にもよく、効果はもちろん絶大だった。 長靴との併用だと下からのヒルは完全に防除でき、一昨年の夏、発光キノコをもとめて夜間に御池岳コグルミ谷を歩いたときも、はいあがるヒルなぞ全くへいちゃらだった。 長靴の上部に塩水で濡らした手ぬぐいを巻いて歩いた。 無数のヒルがつぎつぎと表敬訪問してきたが、すぐに退散なさられた。
 ただ、登山靴での山行の場合、塩はやはりまずい。 中の厚手の靴下に濃い塩水を染ませて乾かしたものを着用し、それなりの効果はたしかにあった。 が、革靴のいたみはやはり問題多く、靴ひもの止め具の金属が錆びてぼろぼろになり、革にも悪影響をおよぼしたと思う。 しかし、「蛭に塩」の言いまわしがあるとおり、塩は今もこれからも費用、安全、環境、手軽さなど、永遠の忌避剤、殺蛭剤でありつづけるだろう。

 パンティーストッキングの着用の話も聞くが、夏の暑さや小用の時をおもうと、確実だろうがやはり敬遠してしまう。 外国では、ズボンの上まであげてはく〈ヒルソックス〉なる商品があり、ライトカラーなので這い上がってくるのに気づいて除去するのに役立つという。

 山の畏友の一人は、長靴をはいて上部をズボンといっしょにガムテープでぐるぐる巻きにしておられる。 これもほとんど完璧のようだ。
長靴派はだんぜん有利である。

 ナメクジ殺虫剤は強力な忌避効果を発揮する。 ただ、高価であり、人体、環境への影響が不安である。

 現在、ホームセンターやドラッグストアで蚊やブユなどの虫除け剤としてさまざまなスプレー、塗布液、粉剤の商品が販売されている。 それらの成分の名を容器や箱の裏でひとつひとつお読みになられたことはありますか。 それらの主たる成分の名の100%近くがディートと記されているのをご存じでしょうか。

ディート DEETとは
 ジエチルトルアミドという化学名の省略形。
 1940年代、アメリカ陸軍が蚊、ブユ、サシバエ、ダニ、南京虫など戦地の虫よけ対策のために数々の実験を繰りかえした薬剤のなかで、効果が高く、しかも皮膚に対する刺激性や安全性が最も優れているものとして軍で採用され、今日、虫よけ剤の成分として世界中で広く使われているもの。 人の着衣や皮膚に噴霧して使用される。
ディートが10%以上入っている製品(医薬品)と、10%以下の製品(医薬部外品)の2つに分類され(厚生省が認可)、医薬部外品に関しては製品に「ディート」と表示する義務はない。    
どういうメカニズムで、例えば蚊を混乱させているかは解明されていないが、ディートを肌に塗ると蚊に刺されないことが実験により証明されている。 効き目に違いがあるとすれば、配合、濃度などによって左右されるようである。
アルコール類に溶かしたスプレー式の商品が主で、ディートの含有量は2~10%がほとんどであるが、それ以上の商品もある。 忌避剤の作用を強めるために共力剤(サイネピリン)を加える。  ディートは急性の経口摂取や、慢性的な皮膚適用の場合にはさまざまな中毒症状(主に中枢神経系に作用)を呈する。 対策は接触部分を水と石鹸でよく洗浄することである。
                    (以上、2004年段階、某大手雑貨メーカーの資料から)

 含有率が高いほど効果は大きい。 大半の商品が含有率10%以下である。 唯一、ムシペールα、ムシペールPSが含有率12%であるが、800円内外と高価である。 乳幼児むけの商品は含有率3~5%が多い。 10%含有の購入をお奨めする。 自衛隊はおそらく高含有率のディート品を使用していると思われる。
 
 現在のところ私は山でふだん、この虫よけ剤(強展着力で200mlが450円の品、あるいは180mlで250円の廉価品)を最も多く使用している。 というか、本卦環えりしてしまったというべきかもしれない。
理由は、手に入りやすい、使いやすい、匂いがすぐ消える、特売品があり安い、忌避効果もかなりあり、完全な侵入を許すまでに気がついて排除する時間が得られるからである。
ヒルが嫌がって、玄関先で逡巡、思案している間にこちらが先に気づいてどいてもらえるからである。 欠点は水で流れてしまうことだ。 汗、降雨、沢歩きには無力である。 そして、ディートの安全性に不明な点が残ることであろう。
実際、乳幼児のいる家庭では、近年、ディートを塗布した衣類をいっしょに洗濯することへの不安、抵抗感があると指摘し、一種のディート離れの傾向があるのではとの一部発言もみられる。 それも至極もっともなことであろう。 ただ、老夫婦ふたりきりになった私たちの場合、将来の副作用や家族への影響の心配もあるまいと居直って使用している。 

 登山まえに、靴下と登山靴、時には首や首にまく手ぬぐい、それらにスプレーする。 以上それだけ。
それが今のところ、私の準備である。  最善とは確言できない。
液が乾くと革靴が白くなるのが美観上ちょっとよろしくない。 また、アセテートやウレタン類への塗布は避けたほうがよい、とある。
あとは行動中に時おり目で点検して、いらっしゃったら棒の先や手でどいてもらう。
公益のためにか中にはていねいに殺戮なさる方もおられるが、私は浜の真砂の一粒くらいをどうこうしても意味ないと無殺生をきめこんでいる。

たかがヒル、されどヒル
 被害にあっても、まったく無頓着で、痛痒を感じない大先輩もいれば、むしろ献血奉仕した気分の動物愛護者?もいる。 その境地にはとても達せられない私だが、これまでたまにやられても比較的軽微でおわってきた。 しかし中には、処置がまずかったり体質などで、細菌感染やアレルギーのため、長びいたり重症になるケースもないではない。 完治に2ヶ月とか半年を要した友人もいた。  要は患部を清潔にし、汚れた手で掻いたりしないことだろう。 早いうちに傷口から血と唾液をつよく押し出し、水でよく洗い流す。そして抗ヒスタミン軟膏を塗る。 腫れに対しては患部を冷やす。 以上が基本の処置だとされる。

 喰われた箇所にあてがって、体液を吸いとる器具にポイズンリムーバーとかエクストラクターという商品があり、ハチ、ブユ、ヘビの咬傷に対して一定の効能があるようだ。 ムカデ、ハチ、ブユなどの痛痒のキツサはそうとうなもので、子ども会のキャンプなどではリーダー必携の品かもしれない。 もちろん、ヤマビルにも使用できる。 値段は850円から3000円くらいで、各種製品が販売されている。

剥がし方
 喰われたときの剥がし方だが、ヒルにかぎらずエレガントな「別れ方」はむつかしいようだ。 (心の)傷口が広がり、こじれるとヤッカイなのだ。 つまんでむりに剥がすとアゴ部がちぎれたり(それはないと思う)、咬み傷を広げる可能性があるという。 さきほどの塩ひとふりでヒルさんはあっさり未練もなくすぐ離れてくれる。 虫よけスプレーも即、効く。煙草の火を近づける話は禁煙社会ではいまや古典的方法となった。

続き
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 さて、ヒルの剥がし方についてのこだわり論が、海外記事にあり、ちょっとふれてみたい。
すなわち、火、塩、忌避剤などを使用してはがす方法に反対する意見である。
 (Wikipédia : Wild Madagascar. Org)   
以下 記事からの引用 :
「ヒルを、塩、殺虫剤、煙草、指などにより乱暴にひきはがし除去するのは避けた方がよい。  ヒルは消化器官の内容物を傷口のなかへ吐き戻してしまい、バクテリアなどの感染の危険があるからだ。 最も確実な方法は次のとおり。
1. ヒルの細い先端の口(吸盤)のすぐ近くの皮膚に爪を当てる。 胴のまんなかをつまんで引っ張ったりして はいけない。よくやる間違いはすぐに太い後部の吸盤をとろうとすることだ。
2. そっと着実に、爪をすべらしてヒルの口部吸盤を押しのけるようにずらす。
吸盤をはずされるとヒルは吸血を止めて、また指や皮膚にくっつきにくるだろう。 くっついてもすぐ吸血はしない。 後ろの吸盤をはずす。
3. 頭部を指で弾いたり尾部を爪で押したり突いたりして、吸いつく力を弱めてからヒルをはずす。ヒルは指にぐったりしてくっ付いているので、爪ではじけば楽に落ちる。 落ちたヒルに塩や殺虫剤を直接ふりかける。」                                             以上                                                                                          患部の口部吸盤を指の爪で押してずらしてはずし、そしてシゴイてから弾きとばして処理せよ。 これだと傷口を広げたり胃内の有害細菌などの吐きもどしを防げるというのだが、かなりオタクっぽくなってきた。 ヒルと睦みあい、その更なる付着を沈着冷静、悠然と処理しうる紳士淑女はそう多くはなさそうだ。

被害圏の拡大
 ヒルでも行動圏外でひこひこしている連中などは稚児ボクサーみたいで時にはご愛敬だが、これが多数でおしよせ無防備な肉体に喰らいつく場面を想像するとやはりおぞましく憎たらしい。 実際各地で異常な繁殖のために、畑や田を放棄したり、児童公園やキャンプ場が閉鎖においこまれる例があり、また延暦寺の回峰行者のルートが変更されたとのニュースなどもある。 さまざまな被害が発生しており、温暖化のすすむ将来にはもっと深刻な被害が予想され大きな社会問題になるかもしれない(ヒル研さん)。  
 先日も、三重県のある青少年公園で行われたキノコ観察会で多くの親子参加者が初被害にあったのを目撃した。 教室にもどりキノコ講座が始まったとき、前列の若いお母さんの真っ白い夏服の後部の襟元が真っ赤に染まってきた。 見れば服の他のところも血で赤い。 ほどなく各処の椅子から悲鳴がおこり、ヒルを落とそうともがき焦る人が何人も。 教室の床には鎌首をあげて動くヤマビルがあちらにもこちらにも迫ってくる。 講義は完全に中断した。 結局少なからぬキノコ嫌いを作ってしまう行事となった。 

ヒルの言い分も聞いてくれ
♯♭:
ぼくらはみんな生きている。地球のみんなが生きている。
暮らすため、産卵のため、子孫を残すため。僕らは必死に生きている。
ミミズだって、オケラだって、ヤマビルだって
みんな、みんな、生きているんだ。友だちなんだ。
・・・  トハナラナイノカ。


ヒル あれこれ 
番外 篇、 欠伸 篇

ヒル(蛭)と ヒルドhirūdō
 ヒルに咬まれると血がなかなか止まらないのは、ヒルが口中から、ヒルジンhirudin という抗・血液凝固剤を出すからだ。 ヒルがだすからヒルジンだとは、うまい造語だと勘ちがいしそうだ(私だけ?)が、これはもとはラテン語のヒルをさすhirūdōからきている語だ。 古代ローマ人はヒルをヒルドとよんでいたのだ(他にsanguisūgaの語もある。 血吸い虫、の意)。 偶然とはいえ妙な一致?に感動してしまう。 日本民族のルーツはイタリア半島か………?

蛭子
 三重県桑名市の漁師町赤須賀地区に蛭子町という町がある。 この地名、読めます?
そう、えびす町(ちょう)。  蛭子(えびす)の地名は愛知、和歌山、京都、ほか全国にあり、特に際だって多いのが徳島県で、蛭子前、蛭子面のほか、蛭子を「ひるこ」と読む地名も同県内にある。 蛭子町(えびすちょう)の町名も全国各地に多い。 三重県下では、恵美須神社の初夷で賑わう伊賀上野の恵美須町がそのかみ「夷町、恵比須町、蛭子町」とも書いたようだ。
 蛭子(ひるこ)さんは、イザナギ、イザナミの二神のあいだに生まれた第一子で、三歳になっても足がなえて立たないので葦船に乗せて海に流されたという命(みこと)。 のち三歳のことを「ひるのこが齢」というもととなる。 中世以後、恵比寿信仰と結びついて尊崇された。 七福神の一人で、右手に釣竿、左脇に鯛をかかえる豊漁、招利のあの神さまだ。
 山でヒルの子供たちを見かけたら、ありがたい神話の神様のお出ましだと両掌をあわせずにはいられません。

定家、歯茎のヒル治療
 ヒル研さんの記事に〈文学とヒル〉の欄があり、泉鏡花の「高野聖」と芥川龍之介の「雛」の作品が紹介されている。 「高野聖」はなるほどヒルの凄惨なイメージで読者の心を凍らせるだろう。
 一方、チスイビルが洋の東西をとわず肩こりや腫れ物の治療に用いられてきたのはよく知られている。 日本が世界に誇る中世詩歌の精華である「新古今和歌集」の選者にして代表歌人のひとり、藤原定家の日記「明月記」にもヒル治療のくだりがある。 寛喜元年6月16日、定家68歳のときで、堀田善衛氏の名著「定家明月記私抄」をみると、定家は「左手が腫れて痛み、灸や蛭を施さなければならなかった。 また口熱(おそらくは歯茎の腫れであろう)が発し、六月十六日、『午後、又蛭ヲ飼フ(歯二少々、左手ニ卅許リ)。 山月雲ヲ出デ、漸ク晴ル。』」とある。 
 「西欧では現在でも用いられているが ----- 蛭に血を吸わせる一件は、実に思うだに身の毛が弥立つ。 歯に蛭をつけるとなれば、生きた蛭を口のなかに入れることになろう。-----しかも左手にも三十匹もの蛭を! 嗚呼! それでいて、『山月雲ヲ出デ』、と来るのである、嗚呼!」  堀田氏はかくのごとく震撼し、絶句されておられる。

 ヒルを口中にするとか手に三十匹這わすとかの件については、私見を述べておきたい。 ヒルを瀉血用に用いるときは、それ専用の一部が開口する容器があり、そこへヒルを収納して患部に押しあてたものであろう。 まさか自由のまま直にヒルを皮膚に這わせたのではあるまい。 大切な医薬商品が散逸してはなるまいし。 むしろ私が疑問におもうのは、治療に効果ありとしても、患者はあとでひどい痒みや炎症を感じなかったのだろうか。

俳句と 蛭
 蛭は夏の季語である。
ヒルを題材にして真夏の水辺の清涼感を詠む句が多く、これらは小川や田のチスイビルをさしているのだろう。 農薬で激減し今では見られぬ風物詩となったが、農民にとっては風流どころか厄介至極な憎っくき害虫だったのだ。   蛭は水の振動に感応して泳ぎよるという。
俳句を横書きで記すのはつらいかぎりだがご容赦を。 歳時記から拾う。

蛭ひとつ水縫ふやうに動きけり           花  史
しみじみと手洗ひ居れば蛭来る          中村汀女
鎌研ぐや蛭泳ぎ来る遠きより            原 石鼎

そして、これもチスイビルであろうが、ヤマビルであってもかまわない。田の農作業中だろう。
蛭の血の垂れひろがりし腓(こむら)かな       富安風生

さて、ヤマビルとなると、日頃のおつきあいのふかさからか、その風姿、生態がよく味わえる。 しかし、まずは、人生の苦渋をぼやく有名な一茶の句ほか5句ほどを。 

人の世や 山は山とて蛭が降る           小林一茶
山深し落ち葉の空に蛭の降る            几  薫
時化(しけ)の樹海 山蛭這ふを自在にす        金丸鉄焦
山蛭の縞鮮やかに霧流る              阿部筲人
見下して蛭をさげすむことは易し          山口誓子

そして以下、詠人知らずによるヤマビルの句を3句あげて拙稿も御開きにしたい。

昇殿をスプレーが断つ蛭の夢             
世々を継ぎ嫌われ稼業血吸い蛭             
山蛭が俺らの言ひ分聞いてくれ

         
足 篇

語源 
ひる(蛭)
説は多様、多彩である。
1. ヒルム(痺・卑縮)虫の義
2. ヒラヒラ泳ぐ意か
3. ヒチ(埿)に居るところから
4. ホシ、ラスの反
5. フルの転。 天地草昧の時、降ったものであるところから
6. ヒルガヘル(翩)の義
7. ヒル(血吸)の義  スヒイル(吸没)の意
8. 蛭に吸われたときの感じからヒヒラグ(疼)の意か(柳田国男)

蛭(漢字)......虫+(音符)至(=窒。ぴったりふさぐ)  ぴったり虫、スタンプ虫

leech (英語)……ヒル、高利貸し、瀉血器、医者   → 古語 laece 医者   
古くからの医療用動物であることがわかる
       
sangsue (仏語)….. sang 血 + sue 吸う  (血吸い虫)
            ラテン語 sanguisugaから
Hirudinea (亜綱)…..  ラテン語 hoeroから  くっ付く くっつき虫
hirūdō (ラテン語)……  同上
sanguisūga (ラテン語) ...... sanguis 血( →sang) + sūgere 吸う(→sucer)

関連用語
吸い瓢(ふくべ)、吸い玉、吸角 ....... 皮膚に吸い付けて、膿み・悪血を吸い出す医療器具。
                  中空のガラス器にゴム球を付けたもの。 
瀉血(しゃけつ)......  皮下にたまった膿などの有害物を排出したり、うっ血、腫れ物を治療 
            する切開・排血医療行為。 ヒルは重用された。        
蛭螾(しついん) .... 蛭とみみず。 虫けらのようにつまらない人間

蛭の地獄 .... 八大地獄の一つである無間地獄に付属し、ヒクタという虫が充満している死屍糞泥の  
          地獄であり、生前悪を犯した罪人の皮肉に入り、骨髄を喰って苦しめるという地獄


蛭がつく地名で特に多いもの …….日本国内  読みは代表的なもの

蛭子   えびす、ひるこ
蛭川   ひるかわ、ひるがわ
蛭内   ひるうち
蛭田   ひるた
蛭沢   ひるさわ
蛭谷   ひるたに、ひるだに
蛭坪   ひるつぼ
蛭沼   ひるぬま

異色な地名のひとつに 蛭喰甲(ひるくいこう)   正式な地名は
福島県会津若松市 町北町大字始字蛭喰甲  
 
ふくしまけんあいづわかまつし まちきたまちおおあざはしめ あざひるくいこう
因みに同所の郵便番号は 〒965-0082  どんな秘境かと奥ゆかしいが、じつは磐越自動車道会津若松インターちかくであった。

発音(なまり)   全国各地の代表的な蛭(ヒル)のよびかた
ヒル  ヒール  ヒーロ  ヘール  ヘーロ  イール  ビール  シル  
ビル  ヘル  ヘロ 
 

                  
                              2008.06.30記 桑名山歩会HPより転載


by mamorefujiwaraMT | 2012-02-22 20:32 | いっぷく亭