NHK番組 にっぽん百名山「藤原岳」を見る。
NHK番組 にっぽん百名山「藤原岳」2016.06.23放映、を見る。
藤原 昧々
ひとことで感想を述べれば、「王さまは裸だ」、つまり「『花の百名山』藤原岳はもう「枯木の山」だとNHKが知ってしまったものの、番組制作上、引っ込みがつかなくなった苦しみがにじみ出た中途半端な報道だった。
藤原岳は深田久弥の「日本百名山」に入る山ではない。 ただ、田中澄江がそのベストセラーになった著書「花の百名山」に大きくとりあげてくれたことがあり、田中氏同様に、全国の植物の専門学者たちからも自然の豊かさで全国的にも高い評価を得てきた山である。 しかし、地元の自治体・いなべ市や三重県行政からはそれ相応の評価や保護を受けてはこなかった山である。 深田は登山者に知られていない山を「不遇の山」と称した(不適切な表現だと私は思う)が、地元行政から大企業所有の山として敬遠され、開発と荒廃への対策を放棄されてきた花の名山の意味ではまさに「不遇の山」と言えよう。
近くに在む藤原岳植物にくわしい友人といっしょにビデオの再放送を見た。 彼は、三重県のレッドデータブックの植物部門の執筆者の一人で、大企業の開発や活動による希少植物の激減・消滅への具体的な指摘と注文をあけすけに書くたびに県の編集担当者から文章の訂正を求められて困ると始終こぼしてきた人物だ。
ネコノメソウは葉が対生 三重県にミチノクフクジュソウは見つかっていない
その彼の指摘によれば、この番組のなかに、大きな誤りが2点あった。 ヤマネコノメソウがネコノメソウと、エダウチフクジュソウがミチノクフクジュソウと画面に大きく明記されていた点である。
ヤマネコノメソウは葉が互生、ネコノメソウは葉が対生である。初歩的な誤りである。
とくに後者の「ミチノクフクジュソウ」なる名前は、番組のあとで、「三重県あるいは藤原岳にもミチノクフクジュソウがほんとうにあるのか?」という問いあわせが各方面から寄せられるのではないか、という懸念を彼は語っていた。 三重県での「シコクフクジュソウ」の存在は知られてきたが、まだミチノクフクジュソウは県内では発見されていない花である。
番組の花の名は案内者が語ったものではなく、誰か背後にしかるべき監修者がおられてのもののはずだが、まちがいとはなんとも情けない。 私は藤原岳の案内者を山登りの練達者として尊敬するが、人気報道番組の花の名前をわずか数個のうちで2つもまちがえて放映するのは製作者の責任に他ならない。 4月中旬の撮影で、6月の放映である。 監修の杜撰さには、あきれてしまう。
ヤマネコノメソウ エダウチフクジュソウ
このNHKの藤原岳特集を見て、私は他の「にっぽん百名山」のBS番組も同レベルの、まちがいの多い、いい加減な内容なのか、と初めて疑問をいだいたものだった。
番組の途中には、「休憩するときの注意」など、要らずもがなの時間かせぎがありもっと花の紹介が欲しいともどかしかった。これは山歩きの注意事項として番組の定番にしてあるのだろう。 しかし、4月中旬の撮影とはいえ今年は異常暖冬だったから、多くの花の紹介に枚挙の暇がない、妍を競う花々の応対に30分番組のどこをどう削って編集するかに制作者は苦心するはずだが、いっこうにその苦しみが感じられない弛緩しきった内容だったのだ。 案内者もカメラマンも製作者も、「花の百名山」にしては、この山のあまりの目につく花数の少なさに困り果てたのではないか。 なにしろ8合目までで紹介した花の数はわずかに5個である。
私の10数年まえの経験ならば、その10倍の50数種の花の名は現場で詳しい方から聞けたであろう。
余談ではあるが、あの地図のグーグル社の藤原岳の紹介写真では、山頂をかざる5月の「高山植物」は、いまや太平洋セメントの「鉱山植物」である帰化害草・ハルザキヤマガラシの黄金なす群落が見せ場となっている。 企業の開発にともなって、害草ははびこり、シカの食害もひどくて山頂部は丸はだかの惨状であるが、ハイカーの見方はさまざまであろう。今もたいへん人気の山である。
しかし、「花の藤原岳」はいまや「死に体」である。
現在のNHKに対して、花数の激減、大企業の採掘活動の影響や地元行政の山の保全への取り組み不足を訴えてキャンペーンしてほしいと本気で期待して、私はこの番組を見たわけではない。
ただ、いつも街道から見る、裸土がむきだしのあの不毛の、「夏の大三角形」ならぬ「北勢の大三角形」は心なしか画面に靄かボカシが入っていて、心に突き刺さるいつものあの痛みの印象はテレビの画面のどこにも出ていなかった。
北勢の「大三角形」 藤原岳孫太尾根の現状
結局、番組は、田中澄江が感動したというミノコバイモ(当時はアワコバイモ)を核にして編集され、時間をもたせてあった。 (彼女の「花の百名山」と小泉武栄「山の自然学」の書については、本ブログにもすでに紹介ずみである。)
彼女は当時つぎつぎと路傍に咲く草花にであってその著書にこう記している。
「藤原岳には花が多いという。 去年の春、大台ケ原の大杉谷を下った帰りにバスをまわしたが、二日目の下りから降り出した雨が、強い風まじりのざんざん降りとなったので、民宿のかたわらにある藤原岳自然科学館で、館長の清水実氏から、映画や展示物の説明をうかがった。」
著者は2回目の藤原岳の訪問で、路傍の、「エイザンスミレ、イチリンソウ、ニリンソウ、アズマイチゲ、エンレイソウ、キクザキイチリンソウ、フクジュソウ、レンプクソウ、カタクリなど」の花々を愛で、八合目付近の谷では、アワコバイモ(ミノコバイモに訂正)やヒロハノアマナを初めて見て「それだけで登ってきた甲斐があった」とその感激を綴っている。
NHK番組にもどるが、藤原岳の今年の4月中旬ならば、数は激減したとはいえ、ほかにもニシキゴロモ、ミヤマキケマン、ミミナグサ、ツクバネソウ、ホウチャクソウ、ハクサンハタザオ、トウゴクサバノオ、タニギキョウ、マルバコンロンソウ、ユリワサビ、ケスハマソウ、シロバナネコノメソウ、スズカボタン、コセリバオウレン、キンキエンゴサク(ヒメエンゴサク)、キバナノアマナなどの花々が見られたはずであろう。 スミレ類だって、放映のタチツボスミレのほかにも、ナガバノスミレサイシンとかシハイスミレなどがきっと見られたのではないか? 長く鈴鹿の山を歩いてきた植物音痴の私でも、そんな疑問をいだいた。
監修者の怠慢と番組制作者の弛緩と不勉強、それは籾井会長体制下のNHK報道の低迷ぶりを象徴するものではあるが、今回の「藤原岳」特集にながれる安易な映像や報道の不首尾には私は正直、驚いてしまった。
藤原岳を愛し親しんできた私にも、地元のいなべ市にも、この報道はたいへん残念なことだった。
ミノコバイモ ヒロハノアマナ
2016.06.25 記
NHKの視聴者対応部門に、住所・実名で感想を送付したが、7月19日現在、なにもご返事をいただいていない。
藤原 昧々
ひとことで感想を述べれば、「王さまは裸だ」、つまり「『花の百名山』藤原岳はもう「枯木の山」だとNHKが知ってしまったものの、番組制作上、引っ込みがつかなくなった苦しみがにじみ出た中途半端な報道だった。
藤原岳は深田久弥の「日本百名山」に入る山ではない。 ただ、田中澄江がそのベストセラーになった著書「花の百名山」に大きくとりあげてくれたことがあり、田中氏同様に、全国の植物の専門学者たちからも自然の豊かさで全国的にも高い評価を得てきた山である。 しかし、地元の自治体・いなべ市や三重県行政からはそれ相応の評価や保護を受けてはこなかった山である。 深田は登山者に知られていない山を「不遇の山」と称した(不適切な表現だと私は思う)が、地元行政から大企業所有の山として敬遠され、開発と荒廃への対策を放棄されてきた花の名山の意味ではまさに「不遇の山」と言えよう。
近くに在む藤原岳植物にくわしい友人といっしょにビデオの再放送を見た。 彼は、三重県のレッドデータブックの植物部門の執筆者の一人で、大企業の開発や活動による希少植物の激減・消滅への具体的な指摘と注文をあけすけに書くたびに県の編集担当者から文章の訂正を求められて困ると始終こぼしてきた人物だ。
ネコノメソウは葉が対生 三重県にミチノクフクジュソウは見つかっていない
その彼の指摘によれば、この番組のなかに、大きな誤りが2点あった。 ヤマネコノメソウがネコノメソウと、エダウチフクジュソウがミチノクフクジュソウと画面に大きく明記されていた点である。
ヤマネコノメソウは葉が互生、ネコノメソウは葉が対生である。初歩的な誤りである。
とくに後者の「ミチノクフクジュソウ」なる名前は、番組のあとで、「三重県あるいは藤原岳にもミチノクフクジュソウがほんとうにあるのか?」という問いあわせが各方面から寄せられるのではないか、という懸念を彼は語っていた。 三重県での「シコクフクジュソウ」の存在は知られてきたが、まだミチノクフクジュソウは県内では発見されていない花である。
番組の花の名は案内者が語ったものではなく、誰か背後にしかるべき監修者がおられてのもののはずだが、まちがいとはなんとも情けない。 私は藤原岳の案内者を山登りの練達者として尊敬するが、人気報道番組の花の名前をわずか数個のうちで2つもまちがえて放映するのは製作者の責任に他ならない。 4月中旬の撮影で、6月の放映である。 監修の杜撰さには、あきれてしまう。
ヤマネコノメソウ エダウチフクジュソウ
このNHKの藤原岳特集を見て、私は他の「にっぽん百名山」のBS番組も同レベルの、まちがいの多い、いい加減な内容なのか、と初めて疑問をいだいたものだった。
番組の途中には、「休憩するときの注意」など、要らずもがなの時間かせぎがありもっと花の紹介が欲しいともどかしかった。これは山歩きの注意事項として番組の定番にしてあるのだろう。 しかし、4月中旬の撮影とはいえ今年は異常暖冬だったから、多くの花の紹介に枚挙の暇がない、妍を競う花々の応対に30分番組のどこをどう削って編集するかに制作者は苦心するはずだが、いっこうにその苦しみが感じられない弛緩しきった内容だったのだ。 案内者もカメラマンも製作者も、「花の百名山」にしては、この山のあまりの目につく花数の少なさに困り果てたのではないか。 なにしろ8合目までで紹介した花の数はわずかに5個である。
私の10数年まえの経験ならば、その10倍の50数種の花の名は現場で詳しい方から聞けたであろう。
余談ではあるが、あの地図のグーグル社の藤原岳の紹介写真では、山頂をかざる5月の「高山植物」は、いまや太平洋セメントの「鉱山植物」である帰化害草・ハルザキヤマガラシの黄金なす群落が見せ場となっている。 企業の開発にともなって、害草ははびこり、シカの食害もひどくて山頂部は丸はだかの惨状であるが、ハイカーの見方はさまざまであろう。今もたいへん人気の山である。
しかし、「花の藤原岳」はいまや「死に体」である。
現在のNHKに対して、花数の激減、大企業の採掘活動の影響や地元行政の山の保全への取り組み不足を訴えてキャンペーンしてほしいと本気で期待して、私はこの番組を見たわけではない。
ただ、いつも街道から見る、裸土がむきだしのあの不毛の、「夏の大三角形」ならぬ「北勢の大三角形」は心なしか画面に靄かボカシが入っていて、心に突き刺さるいつものあの痛みの印象はテレビの画面のどこにも出ていなかった。
北勢の「大三角形」 藤原岳孫太尾根の現状
結局、番組は、田中澄江が感動したというミノコバイモ(当時はアワコバイモ)を核にして編集され、時間をもたせてあった。 (彼女の「花の百名山」と小泉武栄「山の自然学」の書については、本ブログにもすでに紹介ずみである。)
彼女は当時つぎつぎと路傍に咲く草花にであってその著書にこう記している。
「藤原岳には花が多いという。 去年の春、大台ケ原の大杉谷を下った帰りにバスをまわしたが、二日目の下りから降り出した雨が、強い風まじりのざんざん降りとなったので、民宿のかたわらにある藤原岳自然科学館で、館長の清水実氏から、映画や展示物の説明をうかがった。」
著者は2回目の藤原岳の訪問で、路傍の、「エイザンスミレ、イチリンソウ、ニリンソウ、アズマイチゲ、エンレイソウ、キクザキイチリンソウ、フクジュソウ、レンプクソウ、カタクリなど」の花々を愛で、八合目付近の谷では、アワコバイモ(ミノコバイモに訂正)やヒロハノアマナを初めて見て「それだけで登ってきた甲斐があった」とその感激を綴っている。
NHK番組にもどるが、藤原岳の今年の4月中旬ならば、数は激減したとはいえ、ほかにもニシキゴロモ、ミヤマキケマン、ミミナグサ、ツクバネソウ、ホウチャクソウ、ハクサンハタザオ、トウゴクサバノオ、タニギキョウ、マルバコンロンソウ、ユリワサビ、ケスハマソウ、シロバナネコノメソウ、スズカボタン、コセリバオウレン、キンキエンゴサク(ヒメエンゴサク)、キバナノアマナなどの花々が見られたはずであろう。 スミレ類だって、放映のタチツボスミレのほかにも、ナガバノスミレサイシンとかシハイスミレなどがきっと見られたのではないか? 長く鈴鹿の山を歩いてきた植物音痴の私でも、そんな疑問をいだいた。
監修者の怠慢と番組制作者の弛緩と不勉強、それは籾井会長体制下のNHK報道の低迷ぶりを象徴するものではあるが、今回の「藤原岳」特集にながれる安易な映像や報道の不首尾には私は正直、驚いてしまった。
藤原岳を愛し親しんできた私にも、地元のいなべ市にも、この報道はたいへん残念なことだった。
ミノコバイモ ヒロハノアマナ
2016.06.25 記
NHKの視聴者対応部門に、住所・実名で感想を送付したが、7月19日現在、なにもご返事をいただいていない。
by mamorefujiwaraMT
| 2016-07-01 21:40
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