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野外での簡易測定  野外測定あそび (全7話)    藤原 昧々 (桑名山歩会HPより転載)
この木の高さはどのくらい?

〈野外測定あそび その1〉 
高さを測る
このスギの木は高さ17m、あの滝は高さ24m、このビルは高さ60mなどと、ものの高さに興味をもつことは少なくない。 偉大なものを見上げるのは気持ちがいい。 山などを歩いていて、出会う大きな樹木やりっぱな滝を見て感動し、高さはいったい何メートルあるのだろうかと、私なんかは俄然知りたくなる方である。 
ところが、である。 出会ったブナの木が高さ23mとか無名滝が16mだと仮にわかったとして、それがいったいどれだけ、私の実感や他の知識とに幾たりか深くつながるかと自問すると、なあんにもないのであり、ただ、無機質な数字を知った抽象的な事象だけが私の自己満足を充たしてくれるに過ぎないことが多い。 「大人は数字が大好きだ。」(サンテグジュペリ)の見本みたい。 「その子はどんな遊びが好き?」と聞くよりも、「その子、何人兄弟? 歳いくつ?」と尋ねたりするようなものか。 
この、数字を知りたがって判ればそれで満足という性癖は、女性よりも男性に多いそうです。 いつも山に同行してくれる妻は、まるきり数字に無関心です。

高さを具体的に実感し比較するものといったら、自宅の屋根、電柱、マンションの階数などになろうか。 桑名市市街の高めの電柱は高さ13m前後、マンションの階高は約3m、高層オフィスビルの階高は4m余が多いと言われているので、15mの津波はマンション5階ていどまで来る。 50階建てのビルなら高さは約200mとなる。 きちんと決まっている訳ではないが。

樹木の高さの測定は、ふつう、自然の生態を科学的に研究したり、森林管理や山林業のため樹木の総体積などの実態調査をするために行なわれるものであり、測定器具も精密な機器が多種開発されている。
私の場合、それらとは異なり、山野を歩いていて見上げるものの高さが知りたいという単なる気まぐれと自己満足のためのものである。 知ってどうなるものでもない。でも知りたいのである。 
測定器具は、安く簡単に自作でき、携行しやすいものでなければならない。 どうしたらいいのかを考えることがじつに楽しい。 以下、全七話にわたってながながと書いていきたい。
さて、測高には、距離と角度が関係する。 まず、距離を測る、という意味で、歩測にふれてみたい。

      
歩測
歩測は、複歩で数える。 たとえば、左足を出し右足を出して両足で1複歩とする。
自分の足で、10mは何複歩か、100mは何複歩か知っていると便利です。 複数回ためしてみて平均値をだす。 距離を出すときに巻尺があれば助かりますが、私は規則正しい歩道のタイルやレンガの敷石、あるいは石杭などを利用して距離を知るようにしている。

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左の写真をごらんください。 道路の車道に一部、長さ60cmの舗石が敷いてあり、歩道は30cm正方のレンガになっており、車道との境に灰色のコンクリート杭が3mおきにあり、奥には茶色の杭が1.2mおきにあるのがわかります。 杭の間隔は舗石の数で容易にわかります。 


この舗道では、灰色コンクリート杭17本から1mを引いた位置が距離50mになる。
歩いてみると私は36複歩弱を要した。 倍にして100mが71複歩です。

私のばあい、むかしは約66複歩が100mでした。 そのように脚に憶えさせたのです。
66複歩(1複歩1.5m)が100mにあたると、66の半分の33を足すと99m(≒100m)となり、40複歩なら 40+20=60mと、半分を足すと実際の距離になり便利です。   
100mが66複歩ならば、 複歩数+1/2複歩数=距離

しかし私の場合、歩幅も人格も、加齢と性格のゆがみのために萎縮し狭まる一方で、現在は100mに71複歩(1複歩1.41m)が必要になりました。 練習をして66複歩に戻るよう体に憶えさせるといいのでしょうがそれは困難です。  まあ、71複歩で歩測すると、1歩が70cm、1複歩が1.4m、逆に1mは0.7複歩、10mは7複歩と憶えやすいのは助かります。 私の場合、複歩の数を倍にして(単歩数)、それを7倍すればよろしいのです。
なお、ふつうの人なら練習で66複歩は習得できます。やってみてください。 価値ありです。

本文を記すにあたって、念のためネットの「歩測」記事を参照させていただいた。
驚いたことに、歩測はゴルフで日常的に使われているのだ。 ボールの位置からカップまで歩いて歩測することでパッティングの振り巾を決めるといいます。
1単歩幅が1ヤード(91.44cm)になるようにがんばっている日本人ゴルファーもいるようです。 長身のタイガーウッズなら楽勝でしょう。
ヤード歩き〉だと1複歩が183cmになり、100mを54~55複歩で、10mを5複歩半で歩かなければなりません。 小柄な日本人の私でも歩けるものでしょうか? 
京都へ行ったとき、平安神宮まえの歩道が縦横30cmの舗石で貼られていました。 舗石3個分を1歩にして歩けばいいわけで、やってみましたが、すこし無理すれば歩けないことはありません。 ただしこれを正確に体に憶えこませるのは私のばあい無理でしょう。
30cmの舗石の道や広場などは街の周辺でけっこう目につくものです。 いちど「ヤード歩き」を試されてはいかがですか?

こんな自衛隊の記事も目についた。
隊員たちに100mが何複歩にあたるかを各人に把握させた上で、平地の徒歩訓練を行なうという。 長い靴ひもを腰にくくりつけておいて、100m歩くごとにひもに結び目をつけさせていくのです。 目的地に着いて、その結び目の数を数えれば歩いた距離が正確にわかります。
まさに、井上やすし著「四千万歩の男」にも出てきますが、伊能忠敬が地図測量に使用した方法と同じですね。 

歩測は、あくまで平地にかぎられることが、山地での利用を妨げる原因になっています。 実際、登りと下りの勾配を歩く場合は、歩幅は大きく異なります。 また、薮のなかや湿地、凹凸の状態、疲労によっても大きく変化する。 林道とか登降の少ない平坦な山地以外の土地では適切に修正してつかう必要があります。 

地図の等高線をながめて、登りと下りでどのような差が生じるのか試してみてその結果を地図上で測った距離と比較し、自分の誤差の程度をおおよそ知っておくといいのでしょうが、そこまでやるか、です。
そんなとき、安価な歩数計を利用してみてはいかがですか。

人の歩幅は、「身長(cm)-100cm=歩幅(cm)が目安」との記事も目につきました。 この公式は、私の経験ではあまり正確、有用とはおもえません。
むしろ、身長と歩幅の関係について琉球大学農学部に在籍の男女学生を調査した興味ふかい研究結果がありました。 それによると
男子 : 歩幅(m)=0.38×身長(m)+0.09
女子 : 歩幅(m)=0.36×身長(m)+0.16
全体 : 歩幅(m)=0.26×身長(m)+0.3  〈従来の一般式〉
と、あります。 いずれにしろ、歩幅は個人差が大きいので参考までに。

歩測の精度を補うもの
20mていどの距離ならば巻尺があれば済みますが、高価だし、重い上にかさばります。 そこで細ひもを用意したらどうでしょう。 
ナイロン製のテント用 細ひも3mm×10m を器具といっしょに携行するのです。 この10mというのは利点があり、樹高をだすときに、計算器をつかわずともすぐに結果がわかることです。  たとえば、木から10mの距離でtan37°ならば、関数表の0.75から樹高は10×0.75+1.5(眼高)で9mだと、暗算でだせます。 
この細ひもに1mごとのマークをマジックなどでつけておくと更に便利でしょう。

余談ですが、私はこれまでの山歩きで、未知のルートや沢がからんだ地形に入りそうなときは、その日の状況に応じて、径4mm×15m(300g)か、径6mm×15m(500g)のナイロンひもをザックにしのばせていました。 悪場や急傾斜地を通過しなければならないときの安全確保の補助具のためですが、かさばらず軽くて、携行上まったく負担になりません。 (そのほか、超軽量ツエルトやゴアテックスのシュラフカバーも万一のときのお助け品です。)
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巻き尺がわりのこの3mmの細ひも。 掌に収まる大きさ。二重、三重で使用すれば悪場での支えやバランスの確保用に、そうとうな威力を発揮するし、なにかと重宝なこともあり、携行の邪魔にもなりません(10mでわずか65g)。

先ほどふれたとおり、市街地で役だつものが、舗道の舗石やレンガ、装飾用の杭です。 一定の長さを保って配置されているので、その数を数えることで、正確な長さや距離を知ることができます。

つぎに、目測があります。
弓道や射撃スポーツの関係者からの興味ふかい記事があります。
彼らは日頃から、目測の正確化を訓練されているようです。 1/25000地形図の読図でも、図測と目測が一致せず困る経験がありますが、目測を歩測の結果と照合して、目測の精度を上げる努力をすると良いと感じました。
参考の記事では、目測 は6分の1、歩測は30分の1程度の誤差があり、そのため、距離100mに対しては、目測で約17m、歩測では約3mの誤差があるそうです。
道を歩いている時、電柱など適当に目標を定め距離を目測し、実際に歩いて歩測で確認するといった方法になるが、繰り返すことでかなり精度を上げることができる、という。 練習次第では30m以内ならほぼ正確に読めるようになるそうだ!

対象を見たときに自分との中間点をとりそこまでの距離を2倍に、距離が長いときはさらにその中間点をとって4倍して、全体の距離を予想する方法も有効だ。 電柱の高さでも、上までの半分、そのまた半分、半分と分割して、背丈に近くなった数値を決めて4倍とか8倍にする方法であり、滝の高さなど、滝つぼが前にはだかって距離が測れないときによく使う手である。

本稿のテーマは樹高の測定です。 ローテク、簡便な樹高測定といえばやはり「目測」にかなうものはありますまい。 長い測高ポールを持たずに目測をする場合,2メートルポールや同行者の身長などを比較基準にすることと思います。 しかしこの際,例えば2メートルポールを樹木の根元に立てて,根元から梢端に向かって「2・4・6・8・・・nメートル」と数えていくのは誤差が大きくなってしまう方法だと書かれています。 それよりも,樹木全体をじっくりと眺めまわし「樹高の1/2・1/4・1/8・1/16・・・1/n」の要領で適当な大きさまで順次2分割したうえで,分割後の長さを比較目測し,その値をn倍にして元の長さに戻すほうがよい」ようです。 これだけでも随分とましな目測ができるようになるそうです。                    (以下、全文は、その2 から その7 まであります。)

            《 全文の参考資料 》

五百沢智也「新版・登山者のための地形図読本」山と渓谷社 S49.4
伊藤幸司「地図を歩く手帳」山と渓谷社 S55.8
田代・藤本他「山の地図と地形」ヤマケイ登山学校⑮ H8.1
田代博他「パソコンで楽しむ山と地図」実業の日本社1997.10
田代博「『富士見』の謎」祥伝社新書2011
平塚晶人「マップブック」Be-Palアウトドアブックレット⑪ 1996.12
地図測量たいけん教室3 おもしろ地図と測量 2005.
(財)日本地図センター 月刊「地図中心」 各部
(以下 Netより)
(財)日本地図センター 週刊「メール地図中心」 各部
琉球大学農学部紀要「身長と歩幅の相関に関する一考察」 1998.12
「パッティングの歩測 +72ゴルフレッスン」
「もと自衛官のつぶやき」
(財)日本地図センター 地図の散歩道 2009.10.01
「オットとツマのArchery日記」
群馬県林業試験場  子ども森林科学講座 樹高測定編
鈴鹿川流域森林の健康診断実行委員 伊藤
鈴鹿式樹高測定器 緑茶式 オレオレ式改良型
NPOパソコンサポート亀山 伊藤幸一
巨樹巨木探索シリーズ 金袋山  小川武 H21.10.11記
GI Supply 株式会社 HP   タンジェントハイトゲージ
有限会社山口商店 樹高測定器
高教組2002年教科研究会 カクシリ器を作ろう 伊藤潤一先生
奥多摩サポレン・ブログ  2006.5.3 樹高測定器を自作
patent jp. com  鈴木哲三 特許 樹高測定器 H4.4.10
経営研究室 細田和男
(第1話 おわり)


〈野外測定あそび その2〉 視・地平距離
視・地平距離 を知る   ・・・・ ちょっと道草。 脱線編。

波打ち際にたって、海の水平線を見ます。 水平線までの距離はどれほどでしょうか。
計算する公式があります。
   視・地平距離(km)=3.85√海面からの視る高さ(m)
   
私の場合、身長が163cmですから、目の高さは145cmだとすると、
   視・地平距離=3.85√1.45 m=3.85×1.204=4.63 km で、約4.5km です。

身長は個人差がありますから、測るときに、子供になった気持ちで、目の高さをおおよそ1mの位置にもってきて水平線を視ることにすれば、√1=1ですから、常に3.85kmとなり、 約4km=1里、となります。 
子供や大人が立って、海の遠くの水平線を眺めるとき、その地平線までの距離は4~5kmであります。
「シェーン」や「大高原の小さな家」の映画シーンで広大な平原が現れますがアメリカ人の視線は平地でなら地平線まで約5kmとなります。

では、海抜36mの岬の灯台から見おろしたとしますと、その場合の水平線までの距離はどうでしょうか。
    3.85×√36=3.85×6=23 で、23 km であることがわかります。

次に、標高1000 mの鈴鹿の山の頂上から伊勢湾の湾口を見わたして水平線が見られたと仮定した場合はどうでしょうか。
    3.85√1000=3.85×31.623=121.75 km となります。 
小説「塩騒」で有名な伊良湖水道・神島の港からは藤原岳の雪の山頂が見えます。 両者の距離を地図で読みとると約83㎞ですので、藤原岳からならば、おそらく伊勢湾口をそうとう越え出た外洋あたりになります。

とにかく、3.85という数字を憶えておくことがたいせつです。 
語呂合わせは、「都(ミヤコ、3.85)は遥か地平線」とでもなりましょうか。 大雑把な計算なら、4×√ でもよろしいでしょう。
都(ミヤコ、385)にルーツ、メダカ(眼高)棲む」 は、ちょっと度をこしたこじつけか。

さて、岐阜県海津市南濃町の月見寺「行基寺」から桑名方面の伊勢湾海上を見た場合、寺の海抜を126mだとすると、見える海の地平線までの距離は、√126=11.2 なので 3.85×11.2=43 km となり、地形図で調べると、鈴鹿市沖合の中部国際空港の手前あたりだとわかります。

次はもう少し条件が複雑なことを調べます。
帆柱のトップが海からの高さ16mの高さである船が海の地平線に消えていくのが目で視えたとすると、海の地平線に帆柱の先端が消えた時の船までの距離はどうなるのでしょうか。

そのための公式は、視る側と視られる側の各 視・地平距離の和、で表されます。
即ち、3.85√H1+3.85√H2=3.85(√H1+√H2) となります。

さっきの船の場合は 3.85√1.45+3.85√16=4.63+15.4=20.03 で約20km となります。 
ずいぶん遠くまで離れて視えることがわかります。

では、応用問題をひとつ。 いま、標高1000mの鈴鹿の山から標高3776mの富士山の頂上が遮るものなく視認できたと仮定すれば、その両者の距離は理論上 何kmになるのでしょうか。
    3.85(√1000+√3776)=3.85×(31.6+61.45)=358.24 で、約360 kmとでました。

この計算で、仮に観察者が太平洋の海上に漂う筏の上に伏して富士山山頂部を見ることができたとすると、
    3.85(√0+√3776)=236 で、理論上、236km地点から徐々に、富士山の尖端から全貌が見えてくることになります。
なお、日本各地から見る実際の富士山は、途中に遮る山や障害があり、なかなか見通しがきかないでしょう。 
最遠望の地は、田代博氏の著作などによれば、和歌山県は色川富士見峠とのことで、その距離は
323kmであるといいます。

さらに二個、問題を解いてみます。
先ほどの帆柱の先端が16mの高さの船が太平洋を日本に向かって航海中だったとします。 
帆柱先端の見張りの船員が望遠鏡で海上に富士山の山頂を初めて視認できるのは、
    3.85×(4+61.45)=252 で、252kmの海上の地点です。

伊豆大島の三原山(764m)の場合は、
    3.85×(4+27.64)=121.8 で、122kmの地点となります。 
                                                (第2話 おわり) 


〈野外測定あそび その3〉 腕の角度計
   
腕を伸ばし、野外で角度を知る

はるか遠くのものの位置関係を角度で表現することは多い。
夜空を仰いで星を見ます。 仮にAの星とBの星とがあるとき、私たちは、Bの星の位置をAから真南に15cmとか北東方向に20cmのところにある、とは絶対に?言いません。 Aより真南に15° とか北東方向に20° 離れた位置にある、と言います(それも言わないかも..... )。  
星と星の角度は、腕をのばして手の巾や棒きれを使う方法で、おおざっぱに調べることができます。
ここで、眼から腕先までの距離を約60cmに保つことが、たいへん大事な意味をもってきます。 
すこし練習すれば、たいていの人は60cmの〈間隔〉の〈感覚〉がつかめると思います。

眼から腕先までを60cmに
やや小柄な日本人男性が腕を前に突き出したとき、眼から手・拳までの距離は 約60cmです。
この60cmという距離は、たいへん便利な意味をもっています。 なぜでしょうか?
その理由をある日突然考えついた私は有頂天になりました。 「おれはついに天才になった」(バルザック)。

理由を考えてみましょう。
半径60cmの円周の長さは 2πrで、2×3.14×60=376.8cm です。
そこで、円周は360°ですから、
1°=376.8cm÷360=1.047cm となり、かぎりなく1° が1cm に近づき、しごく単純明解になってくれます。
すなわち、逆に眼から60cm 離れた位置では、1cm=1°、2cm=2°、6cm=6°、
20cm=20° にあたります。
眼より60cmの位置では、Ncm = N° にだいたい相当する。
厳密には、20cmといってもこれは円弧の長さで、1.047cm×20=約21cm、が正しいのですが、 
21cm 〉20cm となり、かえって直線が20cm となる方が問題はすくなくなります。
さて、60cmよりも腕の距離が長くなる人は、ひじを曲げ加減にして60cmになる位置を調べ、そのひじの曲がる感覚をつかんでおいて下さい。 小柄な女性の場合は思いきり手を突きだす必要がありそうです。
腕をのばして、手甲を立てたとき、指と指がつくる巾が10cmの人は、その巾が10° を示すことになります。 5本の指を左右いっぱいに広げたとき親指と小指の先端の巾が20cmの人は、その広げた指の巾が20° を示すことになります。
このように、指の巾で、星と星の離れた位置の巾がわかれば、両者の位置のおおよその角度は簡単にわかります。 さらには、この原理を応用することで、野外で見る対象物の〈長さ〉や〈高さ〉を腕をのばして手や定規や棒で測ることもできます。 


身体定規
自分の体をつかって長さを知る方法は、野外では便利なことが多いものです。
私の場合、一般の成人男性よりも小さいサイズになりますが、地図上の距離や対象物の長さや高さを簡便に知りたいときによく利用しています。 
私の実例を写真でいくつか紹介いたします。  
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1. 2cm  親指の横巾 (写真省略) 
2. 6cm  人差指と小指を平行に立てたときの横巾 (左ー1)
3. 10cm   〃  をいっぱいに拡げたときの、両指先端内側の巾 (左-2)
4. 15cm  親指と人差指をいっぱいに拡げたときの横巾 (左-3)
5. 20cm  親指と小指をいっぱいに拡げたときの横巾 (右端)
6. 60cm  片腕を伸ばしたときの拳と肩の距離 
7. 160cm 両手・両腕を左右にいっぱい伸ばしたときの指先端の距離 
これは、日本古来の慣用尺度で、5尺(1.5m)か主に6尺(1.8m)をさし、縄や釣り糸の長さ、水深に使われました。 長身の男性だと180cm(1間=6尺)となり便利ですが、私は小柄なので残念です。 ふつう身長と一致する、とされています。

国土地理院1/25000 地形図上では1cmが250mですので、2.の6cmは、1.5kmに相当し、実距離を知るのに私の場合とても重宝します。

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by mamorefujiwaraMT | 2013-08-05 14:56 | いっぷく亭
野外での簡易測定あそび  (全7話)                       藤原 昧々    
〈野外測定あそび その6〉 滝や対岸の木     
滝や、対岸の木を測る
高さの計測には、目的物までの距離の測定が必要です。 しかし、対象が、川の対岸の立木とか、滝壺の奥の滝となると、距離が調べられないので、高さの計測は不可能になります。
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私が10年ほど以前に、小遣いを貯め数万円を奮発して購入した〈距離計〉が右側の写真にある逸物です。 
現在地の確認のために向こう側の尾根のピークまでの距離を測ったり、御池岳平頂部の精細図の作成を志したりした折に欲しくなった計器です。 写真のとおり、双眼鏡形式になっており、目指す物に赤外線を発射して反射する時間で距離を計測します。 数百mの距離までを誤差1mていどで測ることができます。 

高台から、眼下の市庁舎や病院までの距離を測ったり、大河を行く船までの距離を即座に精確に測定してくれます。 ただし「親子関係」や「夫婦関係」の距離などはまったく計測できないらしい。 
更にこの距離計の弱点は、小さいもの、細いものへの照準がかなり困難なこと、茂った葉などに覆われた樹幹への距離が正確に測れないことです。 岩のような反射率の高い滝の場合、高さの測定などにはこの道具を持参して、距離測定の代用ができます。
仮に底部と最頂部までの各距離が測定できれば、じつは仰角や俯角の測定は不要になります。
下図にあるとおり、①のように、ピタゴラスの定理により、距離がだせれば、計算器だけで高さがわかります。
昨今、巷間では先に述べた最新のiPhoneがあり、無料か安価なアプリケーションを使用すれば、傾斜地など複雑な条件でも、測定が解決できるのかもしれません。
というのは、傾斜地から測定する場合には眼高が変化するために、木や滝の基部と頂部までの距離と、両者の仰角と俯角の和(θ)の数値が必要ですが、それらが測れれば、②の式、あるいは第1章の公式によって、
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これも計算器で樹高や滝の高さの数値を得ることができます。
最新のiPhoneがやっているのは、これらの理屈の応用だと私は想像しています。
右の図で、①の計算例を示してみましょう。
仮に、木までの距離(a) が14mで、最頂部までの距離が17.5mならば、
hの2乗=17.5×17.5-14×14=110.25 
110.25の平方根は10.5なので、樹高は1.5+10.5=12.0 で、12.0mです。

②の計算例もひとつ。
仮に、傾斜地から見て、木の基部までの距離aが14.5m、最頂部までの距離bが17.5m。
木の基部への俯角が7°、最頂部への仰角が33°と測定されますと、
H =14.5×14.5+17.5×17.5-2×14.5×17.5×Cos(7+33)°
=210.25+306.25-507.5×Cos40°
Cos40°=0.766なので、計算すると、樹高は127.755mの平方根、11.3mと出ました。
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本図に基づいて①の例(H=1.5+h)を、②の公式でhをだす方法で計算してみます。
つまり、aが14m、bが17.5m、俯角0°と仰角33°の和が33°という設定です。
h =14×14+17.5×17.5-2×14×17.5×Cos33°
=196+306.25-490×Cos33° Cos33°=0.839なので、計算すると、
hは91.14の平方根9.55なので
求める樹高=1.5+9.55=11.05  
で、11.05mと計算されました。

もうひとつ、これを、H=L×(Tanα+Tanβ)の公式で計算してみます。
関数表によれば、Tan7°=0.123、
Tan33°=0.675、ですので
H=(a)×(Tan7°+Tan33°)
=14×(0.123+0.675)
=11.17で、
樹高=11.17mと計算されました。
4例のうち、最初のピタゴラスの定理の計算
だけが少々数値が多めにでましたが、これは
いずれも仮の数値の設定で生じたものですので
多少の相違はご了承ください。
a0253180_1002849.jpg
今度は、第5章の例3の図に基づいて、
樹高の計算をしてみましょう。
あのときは、比例計算の式で計算し、
樹高が12mとでましたね。

①の計算例でやってみます。
仮に、木までの距離(a) が18mで、最頂部
までの距離が21mならば、
21×21-18×18=117 の平方根は10.8なので、
樹高は1.5+10.8=12.3m とでました。


②の計算例ではどうでしょうか。仮に、傾斜地から見て、木の基部までの距離が18.3m、最頂部までの距離が21m。 木の基部への俯角が5°、最頂部への仰角が30°と測定されると、
18.3×18.3+21×21-2×18.3×21×Cos(5+30)°
=335+441-768.6×Cos35°
Cos35°=0.82なので、計算すると、樹高は146mの平方根、12.1mとでました。

この例を、H=L×(Tanα+Tanβ)の公式で計算してみます。
関数表によれば、Tan5°=0.088、 Tan30°=0.577、ですので
H=(a)×(Tan5°+Tan30°)=18×(0.088+0.577)=11.97で、
樹高=11.97m と計算されました。

以上、4例とも、どの方式によっても、樹高はきわめて似かよった数値で計算され、その結果の見事な符合には我ながら驚かざるをえませんでした。 算数はおもしろい。

                                 (第6話 おわり)


〈野外測定あそび その7〉 実践編                                      
実践 編
さて、手定規、ピッケル定規、45度固定式樹高器、仰角測定樹高器など各種簡易測定器を製作し、ひも計測や歩測も大丈夫になりましたから、いよいよ野外での実験です。

① 電信棒
測定した電信棒には全長16mと記してありましたから、地上部は13.3mです。 
私の簡易樹高計の精度はどうでしょうか。
電信棒の先端部を45度固定式三角定規樹高計でのぞき、下垂する錘が定規の垂線とぴったり一致する場所から、電柱までの距離を歩測で測ると、11.5m(8複歩+20cm)でした。  
距離11.5mに眼高1.5mを加えた結果、13mという高さが得られました。
きわめてピッタリの結果で、できすぎの感がします。 

② 住宅
写真の瀟洒な(?)住宅は、たて60cmのパネルが12枚貼ってあり、その他の部分を約1mとみて、高さは8.2mと判断しました。 
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腕を伸ばして手をひらいた縦巾(20cm)が家の全高と一致する地点の家からの距離は19mでした。 
さあ、あの「見ろよ(0.364)」の登場です。 
19×0.364=約7  
立っている場所が道路より50cmほど低いので眼高を1mとすると高さは8mとなり、今回もけっこういい線をいきました。 手巾測定法もあなどれませんよ。


③ 桑名市太夫の大楠
この木は、説明の看板によると、樹高は27m、枝張りが26~28mという堂々たる巨木です。 
距離46mの位置から、分度器樹高計で仰角を測ると 27°とでました。 tan27°は、測定器貼付の表では、0.5095ですので23mとなり、眼高1.5mを加えて24.5mとなりました。
この数字を近いとみるか否か。 大木の計測は異同が生じやすく、とくに古い計測値は精度に問題が多いので、看板の27mの数値を絶対とみなさなければ、これでまあ良しといたしましょう。
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④ 走井山のイチョウ
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こんどは、まったく樹高がわかっていない公園のイチョウを三角定規樹高計で測ってみました。
広場があり、45°固定式でいけそうなので、のぞいて一致する位置と木までの距離を歩測すると10複歩(14m)とプラス1mでした。 
つまり、15mに眼高1.5mを加えて、樹高は16.5mとだしました。 
正解は不明。

⑤ 京都平安神宮の大鳥居
画家パウル・クレーの展覧会を見に京都にゆきました。 会場前は、平安神宮への入口にあたり、巨大な朱塗りの鳥居が広い道路と空間を圧してそびえていました。 
この鳥居の中央部の高さを私の分度器測高器で測ることにしました。 測る位置をどのあたりに決めるかですが、見上げるような近い位置か、あるいは、ある程度遠く離れた位置から角度をとるのが良いのか迷います。  
たとえば、仰角40°から45°のtan値の差は0.16に対して、仰角20°から25°のtan値の差は0.10と小さい。 歩測の誤差よりも角度測定による誤差のほうがはるかに大きいから、ある程度は離れた位置に決めた。 まず歩測で調べ、同時に30cm四方の舗石の数でも距離の正確さを担保する。 
距離は45m。 仰角は25°であった。
鳥居の高さ=45m×tan25°+眼高1.5m=45×0.466+1.5=22.5m
結局、22.5mとでました。

次に、自分の腕を前に突き出して手巾が鳥居の全高と一致する場所を決め、歩測しますと距離が55mありました。 
見ろよ(364)、20cmの手巾で遠き物」をつかいます。
鳥居の高さ=55m×tan20°=55×0.364=20.0m   結局、20m とでました。
ネットで、「平安神宮大鳥居」、を検索して高さを調べますと、24.2mと書いてありました。
実際よりも、私の測定値は小さかったわけですが、おそらく、せり上がった鳥居の両端の高さまでが全高とされているでしょうから、中央部よりも仮に2mほど加算すると、私の測定値はほとんど一致します。 すごいですよね。

⑥ 電柱
最後に、自宅ちかくの電柱の高さを、「簡易法(のり)面角度器」で測りました。
電柱からの距離を例の細ひもを使い、10mの位置を決めて、仰角を測りました。 計器の気泡の示す値が仰角です。 51度ありました。
電柱の高さ=10m×Tan51°+眼高1.5m=10×1.235+1.5=13.85m
電柱の標識には16の数字が記されているので、地上部の高さは16-2.5=13.5mのはずですが、私の計測はまずピッタリだったといえましょう。 めでたしめでたし。

                             (第7話 おわり) 2011.08.31 記

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                私の簡易計測用備品です。

補遺  
中学教科書から
2012年の夏、あるきっかけで、市内の中学生が使用する数学教科書を1年生から3年生まで3冊を勉強し直した。 その時、東京書籍「新しい数学③」の三角形の相似の条件とその利用のくだりに、今回の私のテーマに関係した記述(p.125)を見つけ、 大変興味深かったのでここに一部紹介をしておきたい。

おもしろいと思った方法は、日光による影の利用と、写真の応用であり、いずれも相似する図形の性質をうまく活用している。

例えば野原やホテルの広い芝生庭園に一本のヒマラヤシーダが植わっていたとする。 天気が良くて樹の影が地上にくっきりと映っていたならば、その影の長さを歩測や巻尺で計り、あわせて自分の背丈を映した影の長さも測定する。
〈自分の身長〉:〈背丈の影の長さ〉=〈樹の樹高〉:〈樹の影の長さ〉
の計算で実際の樹高を求めることができる。

すでに高さが判っている物の影を時をおかずに測定すれば良いわけで、人物の影の長さよりも、例えば先述の電柱(13.5m)の影の長さを測る方法のほうが比較対象の高さの比が小さく、より正確な結果が得られる。 ただ、山中では、求める樹の樹影を平らな地面で見ることはまず不可能に近く、万一得られてもそれを街中の電柱の影と比較することなどはナンセンスであろう。

写真の場合は、樹に並んで人を立たせ、両者を写しこんだ写真を撮れれば、出来た写真に定規をあてて両者の長さを正確に読み取れば、同じく比例計算で樹高は求められる。 ただし、樹の高さはほどほどまででないと良い結果は得ずらいでしょう。






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by mamorefujiwaraMT | 2013-08-05 10:23 | いっぷく亭
太陽を見て方位を知る                藤原昧々
                                    (桑名山歩会HPより転載)    
                             
 
野外にいて、晴天の時、東西南北の方位を知ろうとして、まず太陽の方向を探す経験をされたことは多いのではないでしょうか。それがもし早朝なら、昇り始める太陽を見て東の方向と思い、正午の頃なら、太陽の方向を真南と判断し、夕刻ならば沈む太陽の方向を西とみて疑わない、そんな経験は誰にもあるだろう。 さらに、もし山中で時刻が午前9時頃なら、太陽の方向はほぼ南東であり、午後の3時頃なら、ほぼ南西だなと判断する。
いっぽう、太陽の位置による方位測定を、時計の短針と日影の角度から、より実用化させる方法はずいぶん昔から繰りかえし説かれてきたことはご存知でしょう。
登山や野外活動、アウトドア関係の私の手近な本のなかから、その方法を記した説明文を2,3紹介してみよう:

その1:「腕時計で方角を知る:たとえコンパスを持っていなくても、夜であれば北極星の位置から、昼間であれば腕時計(アナログ)を使って方角を知ることができる。まず腕時計を地面に水平に置き中心にマッチ棒をたてる。時計をまわしてマッチ棒の影と短針とを重ね合わせると、文字盤の12時と短針の中間が、北にあたり、反対が南にあたる。
最も一般的な方法は、腕時計の短針を太陽に向けるというものだ。この場合は、文字盤の12時と短針の中間が南にあたる。」

その2:「森の中で迷子にならない方法:アナログ時計と太陽があれば、おおよそ南の方角がわかるよ。 まず腕時計の12時の方向と、現在の短針の方向を二分する方向に、現在の太陽の位置を合わせる。その時の12時の方向が、おおよその南。」

その3:「短針式指南法」:短針式指南法とは、アナログ表示の腕時計の短針を太陽の方向に向けた時、短針と12時の中間の方向が南を指すことを利用した方法です。この方法は腕時計を使う方法としてよく知られていますが、「短針指南法」と呼ぶことにします。
この方法で正確に方位を計測するには、短針の延長上の文字盤の端に棒を立てるか、紐を吊るして、その影が短針と重なるように時計を向けるのです。  時計の短針が1時間に30度移動することに対して、太陽が1時間に、360度÷24=15度 だけ移動するのを利用しています。だから12時からの短針移動角度を半分にしているのです。」云々。

 これらの方法の基本にある考え方は、太陽はふつう朝6時に真東から昇り、正午に真南の位置にあって、午後は次第に西の方向に沈んで夕刻6時に真西の地平線に消える。その間、時刻の変化に対して、太陽は一定の角度(1時間に15度ずつ)で東~南~西へと移動する、という前提である。このような判断は、一般に、私たちが生活の中で実感し経験してきた法則としてかなり受け入れられてきた事実ではないだろうか。

 私自身は、これまでの山歩きのなかで、この腕時計とマッチ棒というやり方にはいささか違和感と疑問をいだいてきました。地面に時計を置いてマッチ棒とか爪楊枝を立てて太陽の影を読み取るなどということをこれらの筆者たちは日ごろ山の中でちょっとでも実行したことがあるのだろうか。 精密な方向の確定ではないのだし、草木生い茂る山中での実践なのだ。歩行を中断し地面にしゃがみこんで時計を置いたりするものだろうか、、、? 

 そこで私が実際に行っている方法(両腕開平指南法)を紹介したい。 「指南」とは教授の意ではなく中国古代の指南車のとおり「南を指す」の意です。
午前10時だとすると、時計の午前10時の長針と短針の角度の関係を、太陽に向かって自分の両手で自分が時計になりきった気持ちになり、10時の角度で開くのである。 午前なら左手(短針)を太陽の方向に向け、そのとき両腕がつくる10時の角度の真中の方向が真南であると判断する。午後4時であるとすると、時計の4時の長針、短針の関係を、自分の両手でイメージして再現する。 午後は、右手(短針)を太陽の方向に向けて、開いた両腕のちょうど真中の方向を真南と判断するのです。 場所によっては逆に自分の影を相手にして北の方角を求めたりもする。  山歩きでおおざっぱに進行方向の確認をしたい際、晴天時や、雲を透してでも日が射す時には、私はいつもこの方法で真南を推測しておおいに実地活用してきた。 正確な方向を知りたい時はシルバーコンパスを取りだし、アバウトに方向を確かめたい時にはこの両腕開平法を実践してきた。そして所属する登山団体のなかまの方たちにも紹介したりしてきた。
 これまでの山行でこの両腕開平指南法はずいぶん方向の把握に役立ってきたのであった、が実はときおりこの方法で得た方位が実際の正しい方位とはなにか異なる、というか、妙に大きくずれているような疑念をもつことも何度か経験した。夏の沢登りなどで、コンパスの示す南と大きくずれているのに狼狽することがあった。もとより、太陽方位法はおおよその推定法であり、ある程度のずれは当然存在するとは思っていた。しかし、時と場所によってこうも正確さに違いがでるのには正直閉口することもあった。これは一度、実地に調べてみる必要があると思い続けてきた。

 機会をえて、2005年3月から1年間、桑名市内の自宅と勤務先の周辺を基点にして、春分、夏至、秋分、冬至を中心に、太陽の方角と実際の方位とを実地に調べてみた。その結果を次ページに、表とコメントのかたちで紹介させていただきたい。

 方位の測定であらためて認識したのは、コンパスが、いかにその場の条件に左右されやすい不安定な機器であるかということだった。 驚くほどデリケートな機器なのだ。
だから、登山の利用にあたっては、示された方角の数値を鵜呑みにせず、場を変えて測り変え、たえず総合的に修正判断する必要があるだろう。着衣のまわりにある磁性体、谷筋ならば鉱石の影響を意識したいものだ。街なかの歩きなどでは車は絶対にいけない。車は磁石の塊であり数メートルは離れるべきである。 舗装、コンクリートの建物、電線など市街地は気を遣うべきものだらけである。 それに、中空にある太陽をコンパスで方位測定する方法がけっこう厄介なのである。 私は、森田のプリズムで横から覗く方式のコンパスを使用し、直立する線状物(例えば、遠く離れた電信棒)の日影の延長線上に立ってその線状物の方位を測定する方法をとった。 しかし磁気の影響がなくしかも適当な目指す線状物が存在するような場所を、自宅や勤務先の近辺に求めるのは一苦労であった。 同時に、屋上の洗濯干し場で、糸に錘をつけて垂らし、敷いた紙に映る日影を記録し、時間毎の角度の変化を後で分度器で測って補強資料にした。 休日はまる一日をあてて30分ごとに近くの現場に飛んでゆき測定と記録をやったが1時間の経過の速いことには心底驚いた。 こんな学童の理科しらべもどきを夢中でやらずとも、天文台あたりの専門の正確な数値が岩波理科年表などにちゃんとあるはずで、これについては識者の御教示をぜひ戴きたいものだ。 
                 
私の観察結果・・・・・ 桑名市および鈴鹿山系での太陽の方位
* 春分前後(3,4月)と、秋分前後(9,10月)の太陽の方向の動き方は、非常に相似である。
  どちらも、午前中は、モデル曲線に非常に近似の曲線を描く、が、午後は、モデル曲線より西に早く傾
  き、午後3時ころ最大20°くらい西にずれる。
  ただ、日没時には、午後6時に正確に真西に沈み、モデルどおりにもどる。
* 太陽の向きがモデル曲線に最も近い季節は、午前中は、秋、次いで春と冬であり、午後は、冬が最も近
  接し、春と秋はやや西へずれる。
* 太陽の向きがモデル曲線と極端に離反する季節は夏(といっても、6,7月)である。 午前8時の初
  っぱなからもう30°も遅れていて、モデル曲線が午前6時に真東にあるのに対して、こちらは、2時
  間遅れの8時に真東に位置する。 その後も後追いは変わらず、ずれっぱなしである。 正午に至って
  ようやくほぼ真南を指し正常となる。他の季節が、午前11時には皆が真南にだいぶん近づくのに対し
  て、こちらは、その時刻にやっと南東にあり、太陽はわずか40分の間に45°も駈抜けて11時40
  分ころ真南に位置する。 これでは、短針指南法どころではない。夏の沢登りで私が狼狽し動転した
  はずだ。
  午後も夏は同様にずれっぱなし。0時45分にはもう南西に達し、午後3時には早々と真西に鎮座なさ
  る。午後6時には西北西に沈む。   
  夏殿の御乱行ぶりの跡曲線をしっかり頭に叩き込んでおけば短針指南法も無益とはいえないかもしれな
  い。しかし、まあ、とりあえず夏は敬遠だな・・・私は。
* 夏に対して、冬はどうか。 これが、冬は、けっこういけるのだ。午前9時ころから夕方の5時まで、
  かなり理想どおりのいい曲線を描いてくれる。 いわゆる短針指南法の精度は高いといえる。
* 鈴鹿山系近辺で太陽が真南に位置する時刻は、季節を問わず、正午より10分から20分早く、11時
  45分前後であるようだ。これも記憶しておいて悪くない。
* 結論として、午前中は、夏以外は、ほぼOK.。 午後は、冬が完璧で、春と秋は西へややずれるが日没
  時には真西を指す。   夏は、諦めること
     
                                   以上。

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by mamorefujiwaraMT | 2013-06-30 12:38 | いっぷく亭
              ヤマビル 雑記

          見下して蛭をさげすむことは易し  山口誓子
                                 藤原昧々  2008.06.30(記)

はじめに
 いわゆる血吸いビルと人間とのつきあいは、人類文明の変遷興隆とともに何千年もの間につちかわれてきた長い歴史をもつ。 たしかに、「ヒルみたいな」という言葉は、今も昔も「しつこくまとわりつく」、「たかって他人を食いものにする」、「強欲な高利貸し」といった最低のイメージをもつ「魅力ある」形容語であることは洋の東西をとわず否定できない。 しかし、ヒルはそのひとつの語源が「お医者さん」であるように、人間の肩こり、うっ血、腫れ物などの治療に欠かせない有益生物として採集、飼育され、大事に扱われてきた歴史ももっている。 日本でも事情は同様であり、医療用生物として瀉血用にさかんに用いられてきており、近世まで、山間部では雑貨屋で売られ、町なかでもヒル売りの行商人がいて俳句にも登場している。  
 そうした、医療用に用いられたヒルの歴史がある一方で、いま話題の困ったヤマビルの存在があり、その被害は最近ほとんど全国にわたり、かなり広範かつ深刻なものになってきた。
 その原因は、里山の荒廃、野生動物の増加と進出、地球の温暖化などによるといわれている。   
ヤマビルに関する知識、情報はネットなどをつうじて今は多方面から豊富な収集が可能である。 ご承知の方も多くおられるとおり、ネットのホームページ、ヤマビル研究会(以下、ヒル研さんと略称)の情報は圧倒的に多彩、豊富で、ヒルに関心のある方はまずそのページをご覧いただけるといいだろう。 ふつうはこれで十分になっとくし満腹なされるはずだ。
 私はこれまで、そういったネット上の巨大な情報世界にまったく疎く、井の中の蛙のまま図鑑類や実地試験をつうじて知識の蓄積につとめてきたひとりだったが、今度、同研究会の記事を拝見して、これまでの自分のうすっぺらな知見などあわれ木っ端微塵に吹き飛ぶのを痛感した。 
 そこで、私の駄文が屋上屋を重ねる愚に陥らないか、まことに心落着かぬ次第だ。

 とはいえ、「ぬめぬめ、ぐねぐね」して、ちっちゃいくせに、血なまぐさくて凶猛であり人騒がせなヒルはやはりこだわってしまう動物だ。  ヒル様は、ハイカー、登山者、生物・植物愛好者や研究者たちのつねに忌み愛してやまぬ、興奮をよぶ話題の提供者にまちがいなく、ヒルを語るそれら善男善女の方々は国境をこえ皆がみな表情が若返り生き生きするようだ。 私としても、そのような楽しい談論の輪にもぐりこまないわけにはいかない。 超然としてはおられない。   
 そこで、同研究会の記事をいろいろ参考、借用させていただきながらも、私なりに今回勉強してまとめた、あるいは脱線した、さまざまな山のヒル情報を報告させていただきたい。
                   (拙文中、誤りについては忌憚ないご教示を乞います。)

ヒル類 とは
環形動物門(ミミズの仲間)、ヒル綱(または亜綱)Hirudinea の動物。
科の系統、分類は再検討を要するとされ、種数や特徴もそれによって動くので深くはふれない。 海中、淡水、陸上に生息。  水中の有機堆積物や水生の無脊椎動物を食べたり、魚から人間までをふくむ脊椎動物の体や口腔内に寄生して養分をえる。
ふつう体の前端(口周辺)と後端(肛門の下側)に吸盤をもち、吸盤を離したり接着して上下に動き尺取虫のように移動する。
ふつう34体節からなり、剛毛、疣足はない。 皮膚呼吸をし、心臓は2個ある。
ふつう雌雄同体で、腹面に雌雄の生殖孔を開く。
体の前方に光の強弱を感じるセンサーである眼点をいくつかもつ。 
各国で、湖沼の消滅、乾燥化や公害のために分布域と生息数は激減しており、今日、西欧では医療用ヒルの保護と飼育への取り組みは活発である。
各種のヒルが何千年も前から医療用に利用されてきた。 一方、そのような吸血性ヒル以外の大部分のヒルは歯がなく、ミミズなどの無脊椎小動物を丸呑みして養分をえる。

ヒルの各種 
 ヒルといっても多士済々。 毛虫と同じで、ヒトに害悪をあたえるものばかりとは限らない。 詳しくは先ほどのネットの説明などを見ていただきたいが、ただちょっと、2種にだけはふれておく。 

 かつて河川や田んぼ、湖沼に多くいたチスイビル(ヒル綱ヒルド科)Hirudo nipponica は、農薬のために現在は激減している。 体長約8cm。背面の体色は緑灰色、縦に5本の黄色の線が走る。内面の側盲嚢は膨張し体重の十倍の血液を一時保蓄できる。
瀉血用としてヒルに血を吸わせる治療にも使われた。 吸血すると4~5ヶ月間は絶食できる。つまり年に2~3回血を吸えば楽にくらしてゆけるしくみ。
口、鼻、耳、肛門、性器、まれに眼球など、人体の開口部に侵入してくることもある。 数や部位によっては、ヒルの膨張による気道の閉塞や出血など危険であり注意を要する。                                           
 一方、山里、庭や公園で、顔の側面がえらのようにはりだした扁平な大型のヒルをよく見かける。 これはミミズなどを食べるコウガイビルで、人畜の吸血はせず、ヒルといってもまったく別類(扁形動物門)の動物だ。 女性がむかし髪飾り用に髷に挿した櫛の笄(こうがい)にその横張りが似ていることからついた名である。

ヤマビル  
環形動物門 ヒル綱 顎ビル目 ヤマビル科
学名 Haemadipsa zeylanica var. japonica
鈴鹿山系ほか日本の山で今問題になっている種

特徴 (ヤマビル)
体は紡錘形、円柱状で、体色は帯黄赤褐色。 背面に多数の小さいイボ状の突起をもち、3本の黒っぽい縦すじがはしる。
口には管状器官である吻(ふん)がなく、前吸盤の奥にY字形の3個のノコギリ状の顎があり、それぞれに細かい歯が90個近くある。 ヤマビルは呼気、体温、振動を感じて移動、接近し、この歯を前後に移動して吸着した動物の皮膚を裂き破り、血管に傷をつけて血液を吸う。 だから例えば、蚊が針を刺して吸血する仕方などとはまるきり方法が異なる。 刺すのではなく、噛みちぎるのである。 
単眼は5対、つまり10個あり、明暗の判断をしている。
また頭部にはセンサーがあって、熱、風、二酸化炭素などを感知する。

 ヒルジンという抗血液凝結成分を唾液からだす。 このため、吸血後もしばらく出血がとまらないし、入浴時にまた出血することがある。 ただ、出血の量は問題にならない。
ヒルジンには痛みをとめる麻酔成分もあり、噛まれた時も、吸血中にも痛みがなく気がつかないことが多い。
* 蚊やアブはあわただしく用を済ますが、ヒルはじっくり吸血できる進化したしくみをもっている。
* たしかに登山中、夢中になっていると気がつかないが、実際の経験では、咬まれた瞬間には軽い痛みが       あり、その時点で点検して処置すると被害は軽微ですむ。

 体重の10~20倍の血を吸血するが、それは、体内に摂取した血液のうち不要な水分を吸血中に体外へと滲出させ、必要な養分だけを内部に留保する機能もあずかって可能だという。
 ヒルの消化管には、寄生した動物からのバクテリア、ウィルス、寄生生物などが長期に生きていて、吸血の際などに吐出すると人間に移される可能性はあるかもしれない。 ただ、ヒルの媒介による注目すべき感染については例はみられないとの論もある。

生息地・条件
 「南日本(今では北海道、四国をのぞくほとんど全国各地)の湿気の多い山林(今では、哺乳動物が立ち寄る、都心部をのぞく住宅地の草地でも)の樹間や落ち葉の間にすみ、哺乳類やヒトの血液を吸う。 本種の存在によって山林での野生の哺乳類の棲息が逆に推測される。」 以上が、15年前の或る動物図鑑の内容であり、括弧内の訂正は筆写の記述であり、これをみても現今のヤマビルの拡散ぶりは甚だしい。
 私たちの経験では、山中で平均的に散在して生息していることはなく、生息数の多少は場所によって極端に偏る。 1匹(頭、が正しいか)いたら周辺にはおびただしくいると判断して、すばやくその場を去る努力をしよう。 とはいえ滝の高まきなどで進退きわまっているときに襲われたりすると、これこそ「泣き面に蛭」である。
 ヒル研さんの報告では、ヤマビルは水中に2~3日は楽に生息する。 我が家でも知らずに衣類とともに洗濯機で洗ったのが一ヶ月後にも生きていたことがある。
水に強いわけで、落ち葉や土砂などと共に雨に流されてその生息範囲を広げる。 鈴鹿の登山道でも、道を雨水が横切り寸断するような箇所の両側にヒルが多いのもそのせいであろう。 駆け足で通過しょう。
 最適気温は20~25°Cで、低温には強く、酷暑に弱い。  ヒル研さんの実験では、-5°Cで3時間は生息。一方、35°Cでは24時間で全滅したという。 酷暑の続いたいつぞやの夏に、ヒルが鈴鹿の山からすっかり姿を消したのもそういうことだったのだ。
近年、山の落ち葉の分解が進まず、土壌の乾燥化とあいまってか、キノコの発生が驚異的に減っている(キノコ同好会での感想)。 落ち葉の堆積によって冬期の地表への日射が妨げられ、ますますヤマビルは越冬環境がよくなっているという。 里山の落ち葉掻きがヒルの発生を抑えるという。 里山の荒廃もヒル増加の一因だ。  (以上、ヒル研さんより)
 哺乳類、とくにシカの足にしっかり喰らいつき、シカの移動にともなって確実に生息域を広げている。 里山から人里へとシカが侵入してくるとヒルも身近な生活圏に殖えてくることになる。

シカ増加の影響
 シカの増加、進出によるヤマビル被害の増大は看過できない深刻な問題になりつつある。
筆者の居住地にちかい鈴鹿山系のヤマビルは1990年ころ以前は、北部山岳地の石灰岩質の山には居ても、それより南部に位置する花崗岩質などの御在所山、鎌ヶ岳以南の山では出ない、とされていた。 また北部の山でも、標高が700mあたり以上になると見られなくなるとされてきた。 ところが、現在はそうとはまったく言えなくなり、南部の山系にもいるし標高が高くても現れる場合がある。 御池岳でもヤマビルの生息は標高790mの長命水あたりまでであったが、今は標高1200mの奥の平あたりでも、ササ(イワヒメワラビに変じつつある)が踏み荒らされているところでは猛烈なヤマビルにとりつかれることがある。 イノシシやシカなど、哺乳動物によって運ばれているのである。
 これまたヒル研さんの各種記事が詳細でとても参考になったが、その教示によると、吸血したヤマビルの血液をDNA鑑定すると、シカ、カモシカ、サル、ウサギなどの血液が多くみられ、特にシカが著しく多いという。  ヤマビルはシカの蹄の間の柔かい肉を好んで吸血するが、繰りかえして吸血されるとシカのその肉部には穴があき、いっそう住みつきやすくなったヒルはその穴を拠点にして自由、安全に吸血と生息範囲の移動、拡大を図ることができるという。 シカの足にできるこの穴はしだいに固くなってコブ状になり、それは「有穴腫瘤」と呼ばれる。 かなりの数のシカに有穴腫瘤がみられ、そこで半寄性状態となるヤマビルはシカとともに、その生息範囲を広げてゆく。 シカから落ちても、シカの行動範囲なのでまたシカにとり付くことが可能である、という。 (千葉、房総半島、浅田氏ら、1995年)

被害と対策
 私がヒルに喰われた最初の体験は、休憩中に足に違和感をもち、靴を脱いでみたときだった。
太く丸まったヒルがこぼれ落ち、白地の靴下の3分の1ほどが血で赤く染まっていて、これなんや!と驚いた。その日の晩、風呂で再度出血した。 その後しだいにやられる機会は減っていったが、やはり神出鬼没であり、思わぬうちに思わぬ部位に侵入され狼狽することがある。 
 被害がこと他人、しかも親しい人やベテランに発生し、その「あーっ」とか「きゃー」とかの悲鳴、絶叫を耳にするときほど、同情をつくろいながら内心からこみあげる抑えがたい喜びと優越感はないと告白する友人もいる。他人のヒル被害は自分の幸せであり、ヒルほど微笑ましい動物はいないらしい。

 ヒル忌避材の実験のために私などもヒルの収集をさかんにやった口だが、万全の準備をおこたりなく済まして出陣したはずが、戻ってから点検すると、長靴のなかや首筋にいくつかたかられていて震撼したことは何度もあり、ヒルとの攻防はさほどに奥が深いと感心する。
 対策法になるが、人間の暮しと旅行があるかぎりヒル対策は世界中の関心事であり、真偽とりまぜ星の数ほどの情報が地球上にとびかっている。 いずれも完璧な防御法はないとなげいている。 おちつくところは、平凡な対処法になってしまう。 地球や自然は人間の独占物ではなく、ヒルにはヒルの言い分があるのだから折りあって我慢するしかない。

 さて、居そうな場所を知ることが第一だが、それは徐々に身につくとして、まずは準備である。
対処法だが、一長一短、人それぞれの価値観、考えかたもありこれがベストとは一概にいえない。 まずは先輩、ベテランの方々の経験と叡智に学ぼう、そして同時に新しい知見をも試み採用する柔軟さがほしい。

忌避物質を考える  多士済々だ
 専門の忌避剤が開発、商品化され販売されている。 そちらはネットでゆっくりご覧になられてじゅうぶんに検討しご活用なさってください。
それらとは関連したり離れたりしたところでの、私の経験と感想を以下に。 

 木炭酢、竹炭酢は、ネットによると非常に有効だという人がいるが、私の実験ではそうでもなく、近辺のヤマビルにはあまり効果はないようだった。 炭焼きの歴史が長かった鈴鹿山系のヤマビルには木酢に順応するDNAが備わっているのだろうか。 マサカ。

 2002年6月?日の朝日新聞夕刊に、カフェインの成分がヤマビルに絶大な殺虫効果があるというアメリカの研究報告の記事が載っており、さっそく長距離運転手さんが愛用するという強力カフェイン剤を2種類購入してそれらを砕き濃厚な液にしたものを長靴に塗布して実験してみたが、驚いたことにこれは連中まったく平気の平左だった。 私の実験のどこが誤っていたのかいまだにわからない。 

 よく知られるとおり、サロンパス、ハッカ油は、忌避効果が確実にある。 ヒルは頭部先端を靴の塗布面に当ててみては引き、また当ててみては引きを5回以上は繰り返したのち他方に移動した。 嫌なのだ。 ハッカ油は値段も安くかさばらず、たしかにおすすめだ。 とくにヤマビルより被害の症状が激甚であるブユ(ブヨ、ブト)対策には効果があり、釣り、キャンプ、沢遊びなどには非常に役立ち欠かせないだろう。   
 こうした強い匂い系の忌避剤にメンソレタームのラブがあり、沢歩きの際に地下足袋の周囲に塗りつけて効果をあげている先輩がおられる。 この先輩は独歩、独自の登山スタイルを構築された超実力派の山愛好家であり、氏の推薦の言はふかく傾聴すべきであり、即お薦めである。
 氏からお聞きしたが、中国は四川省山間の裸足の住民たちは、足にじかに石鹸を塗りつけてヒルに備えているということだ。 納得できる対処法だ。 
 以上はすべていわゆる自然にやさしいタイプ系といえよう。 その点はじつに好ましいのだが、ただ、ここからは好みの問題で小声でつぶやくが、私はできれば「無臭」のものを選びたい。 
それは、山間の大気、わたる風、しめった落ち葉、樹々や草花などのかぐわしい自然の匂いの贈り物をそのまま直に感じとりながら歩きたいが為で、強くて場違いな人工の匂いの発散はちょっと敬遠したいのだ。 おなじ理由で、熊さんが出ようが出まいが鈴鹿の山をチリンチリンと傍若無人に鈴を響かせて歩く登山者も私は敬遠する次第。

 両面接着テープやガムテープの接着面を長靴に帯状に貼りつけてみた。 ヒルは存外に接着面は平気で、くっつきもせず移動できる。 ただ接着剤の揮発成分が気にいらないのか、動きをとめてじっとしている。 この方法は、歩行中に接着面に土や塵や草などが付着してすぐに接着効果がなくなってしまいどちらにしても駄目である。

 ある時期、塩をもっぱら愛用した。 これは台所から入手でき、安価で携帯にもよく、効果はもちろん絶大だった。 長靴との併用だと下からのヒルは完全に防除でき、一昨年の夏、発光キノコをもとめて夜間に御池岳コグルミ谷を歩いたときも、はいあがるヒルなぞ全くへいちゃらだった。 長靴の上部に塩水で濡らした手ぬぐいを巻いて歩いた。 無数のヒルがつぎつぎと表敬訪問してきたが、すぐに退散なさられた。
 ただ、登山靴での山行の場合、塩はやはりまずい。 中の厚手の靴下に濃い塩水を染ませて乾かしたものを着用し、それなりの効果はたしかにあった。 が、革靴のいたみはやはり問題多く、靴ひもの止め具の金属が錆びてぼろぼろになり、革にも悪影響をおよぼしたと思う。 しかし、「蛭に塩」の言いまわしがあるとおり、塩は今もこれからも費用、安全、環境、手軽さなど、永遠の忌避剤、殺蛭剤でありつづけるだろう。

 パンティーストッキングの着用の話も聞くが、夏の暑さや小用の時をおもうと、確実だろうがやはり敬遠してしまう。 外国では、ズボンの上まであげてはく〈ヒルソックス〉なる商品があり、ライトカラーなので這い上がってくるのに気づいて除去するのに役立つという。

 山の畏友の一人は、長靴をはいて上部をズボンといっしょにガムテープでぐるぐる巻きにしておられる。 これもほとんど完璧のようだ。
長靴派はだんぜん有利である。

 ナメクジ殺虫剤は強力な忌避効果を発揮する。 ただ、高価であり、人体、環境への影響が不安である。

 現在、ホームセンターやドラッグストアで蚊やブユなどの虫除け剤としてさまざまなスプレー、塗布液、粉剤の商品が販売されている。 それらの成分の名を容器や箱の裏でひとつひとつお読みになられたことはありますか。 それらの主たる成分の名の100%近くがディートと記されているのをご存じでしょうか。

ディート DEETとは
 ジエチルトルアミドという化学名の省略形。
 1940年代、アメリカ陸軍が蚊、ブユ、サシバエ、ダニ、南京虫など戦地の虫よけ対策のために数々の実験を繰りかえした薬剤のなかで、効果が高く、しかも皮膚に対する刺激性や安全性が最も優れているものとして軍で採用され、今日、虫よけ剤の成分として世界中で広く使われているもの。 人の着衣や皮膚に噴霧して使用される。
ディートが10%以上入っている製品(医薬品)と、10%以下の製品(医薬部外品)の2つに分類され(厚生省が認可)、医薬部外品に関しては製品に「ディート」と表示する義務はない。    
どういうメカニズムで、例えば蚊を混乱させているかは解明されていないが、ディートを肌に塗ると蚊に刺されないことが実験により証明されている。 効き目に違いがあるとすれば、配合、濃度などによって左右されるようである。
アルコール類に溶かしたスプレー式の商品が主で、ディートの含有量は2~10%がほとんどであるが、それ以上の商品もある。 忌避剤の作用を強めるために共力剤(サイネピリン)を加える。  ディートは急性の経口摂取や、慢性的な皮膚適用の場合にはさまざまな中毒症状(主に中枢神経系に作用)を呈する。 対策は接触部分を水と石鹸でよく洗浄することである。
                    (以上、2004年段階、某大手雑貨メーカーの資料から)

 含有率が高いほど効果は大きい。 大半の商品が含有率10%以下である。 唯一、ムシペールα、ムシペールPSが含有率12%であるが、800円内外と高価である。 乳幼児むけの商品は含有率3~5%が多い。 10%含有の購入をお奨めする。 自衛隊はおそらく高含有率のディート品を使用していると思われる。
 
 現在のところ私は山でふだん、この虫よけ剤(強展着力で200mlが450円の品、あるいは180mlで250円の廉価品)を最も多く使用している。 というか、本卦環えりしてしまったというべきかもしれない。
理由は、手に入りやすい、使いやすい、匂いがすぐ消える、特売品があり安い、忌避効果もかなりあり、完全な侵入を許すまでに気がついて排除する時間が得られるからである。
ヒルが嫌がって、玄関先で逡巡、思案している間にこちらが先に気づいてどいてもらえるからである。 欠点は水で流れてしまうことだ。 汗、降雨、沢歩きには無力である。 そして、ディートの安全性に不明な点が残ることであろう。
実際、乳幼児のいる家庭では、近年、ディートを塗布した衣類をいっしょに洗濯することへの不安、抵抗感があると指摘し、一種のディート離れの傾向があるのではとの一部発言もみられる。 それも至極もっともなことであろう。 ただ、老夫婦ふたりきりになった私たちの場合、将来の副作用や家族への影響の心配もあるまいと居直って使用している。 

 登山まえに、靴下と登山靴、時には首や首にまく手ぬぐい、それらにスプレーする。 以上それだけ。
それが今のところ、私の準備である。  最善とは確言できない。
液が乾くと革靴が白くなるのが美観上ちょっとよろしくない。 また、アセテートやウレタン類への塗布は避けたほうがよい、とある。
あとは行動中に時おり目で点検して、いらっしゃったら棒の先や手でどいてもらう。
公益のためにか中にはていねいに殺戮なさる方もおられるが、私は浜の真砂の一粒くらいをどうこうしても意味ないと無殺生をきめこんでいる。

たかがヒル、されどヒル
 被害にあっても、まったく無頓着で、痛痒を感じない大先輩もいれば、むしろ献血奉仕した気分の動物愛護者?もいる。 その境地にはとても達せられない私だが、これまでたまにやられても比較的軽微でおわってきた。 しかし中には、処置がまずかったり体質などで、細菌感染やアレルギーのため、長びいたり重症になるケースもないではない。 完治に2ヶ月とか半年を要した友人もいた。  要は患部を清潔にし、汚れた手で掻いたりしないことだろう。 早いうちに傷口から血と唾液をつよく押し出し、水でよく洗い流す。そして抗ヒスタミン軟膏を塗る。 腫れに対しては患部を冷やす。 以上が基本の処置だとされる。

 喰われた箇所にあてがって、体液を吸いとる器具にポイズンリムーバーとかエクストラクターという商品があり、ハチ、ブユ、ヘビの咬傷に対して一定の効能があるようだ。 ムカデ、ハチ、ブユなどの痛痒のキツサはそうとうなもので、子ども会のキャンプなどではリーダー必携の品かもしれない。 もちろん、ヤマビルにも使用できる。 値段は850円から3000円くらいで、各種製品が販売されている。

剥がし方
 喰われたときの剥がし方だが、ヒルにかぎらずエレガントな「別れ方」はむつかしいようだ。 (心の)傷口が広がり、こじれるとヤッカイなのだ。 つまんでむりに剥がすとアゴ部がちぎれたり(それはないと思う)、咬み傷を広げる可能性があるという。 さきほどの塩ひとふりでヒルさんはあっさり未練もなくすぐ離れてくれる。 虫よけスプレーも即、効く。煙草の火を近づける話は禁煙社会ではいまや古典的方法となった。

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by mamorefujiwaraMT | 2012-02-22 20:32 | いっぷく亭
藤原岳 哀歌  ・・・・ No more 採掘 ! 
藤原岳の鉱区拡張計画により、山の荒廃がさらに50年間進みます。 
全国屈指の「花の百名山」の貴重な自然が失われ、県下で最後の一つがいとなったイヌワシ夫婦の運命も風前の灯。

県への問合せ、意見表明は 
〒514-8570 三重県津市広明町13 
県環境森林部自然環境課(059-224-2627)へ

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見渡せば花も紅葉もなかりけり 埃(ほこり)たなびく秋の夕暮れ      (藤原最低歌・定家)
「草花をたいせつに」の看板だけが風に吹かれて残っています .....
ちはやぶる神代も聞かず多志田川 泥土(でいど)まじりに水くくるとは         (在原業平)




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 「わせだ大学応援歌 第三番」
あれ見よ彼処(かしこ)の あはれの杜(もり)は
心の故郷(ふるさと) 無惨な地肌
鉱山栄えて 緑は絶えた
頭(こうべ)を垂れて 慚愧(ざんき)の涙
声はそろわず 空もうつろに
われが峰の 名をば嘆かん
○○だ ○○だ ○○だ ○○だ
○○だ ○○だ ○○だ 
                       (50年後の挽歌)
〈写真:放置された白石鉱山跡〉 
山肌は剥きだしのまま工場施設は何十年も放棄され、一昨年PCB流出による土壌汚染もあった。





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このたびは 想定外の土石流 人の命の惜しくもあるかな

このたびは 想定外の土石流  昔はものを思はざりけり 
      (○○○セメント)

〈写真:大貝戸集落から仰ぐ予定鉱区〉

実際の傾斜は写真よりも急峻。 山頂部がハゲ山となり中腹に巨大な洪水用遊水池ができるという。
近年多発の異常集中豪雨による災害を本当に永遠に防げるのか? 住民は危険をかかえて子々孫々暮らしていくのだ。





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神・ほとけ そこ退けそこ退け ダンプがとほる 
                                (神社移設の武甲山にて  一茶)
(写真は20年以前のパンフレットからの複製であるために日付が新しい。 現在は更に荒廃が進んでいるだろう。)

信仰の山・武甲山では石灰を掘るために由緒ある山頂の神社も移設してしまった。
「万葉集」のはるか以前から、日本人は、一木一草にも命が宿り、山には精霊と神が座すと崇めてきた。 
しかし今は、澄んだ水と空気、そして豊かな緑でおおわれた森である信仰の山を人は所有と権利とコスト・利潤の対象にして、トンいくらの資源収入を得んがために飽くなき破壊を重ねてきた。 
いつからか、周囲の環境も私たちの心も、ささくれ荒れすさんで来はしなかっただろうか?
歴史ある秩父の名山・武甲山を訪ねて仰ぎ見てきた多くの人たちは一様に強い胸の痛みと神を冒涜するような空怖ろしさを感じたと語っている(登山者のBLOG記事)。 (セメントは過剰であり海外に輸出しています。)
ここも太平洋セメントの鉱山です。 緑化と復元の努力と実績は? 会社はまず実行してほしい。

登山道ゴミひとつだに落さずば  隣の狼藉(ろうぜき)知ったものかは    (看板大好き自然保護団体)

東ニ岩石ヲ谷ニ 投ゲ込ム者アレバ 行ッテ 知ラヌ顔ヲシ 
西ニ登山道ノ花ヲ 折リトル者アレバ 行ッテ ヨセト叱リ諭ス
    (雨ニモ負ケヌ自然保護団体)

現実にセメント会社による山の大変貌が進行中なのに、「草花をたいせつに」式の看板をごく近辺に立てて事足れリの活動でいいのだろうか? もどかしく疑問に思えてならないが....



                             藤原岳の自然を守る会 


〇〇だ大学応援歌の歌詞、1番、正調3番は、つづきに掲載されています。 下段のMore をクリックしてください。

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by mamorefujiwaraMT | 2011-11-23 10:58 | いっぷく亭