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   藤原鉱山およびその周辺次期原料山開発事業に係わる環境影響評価について
                                 2012.6.30 記  会員 KY
                                                       三重県鈴鹿山系の最北部に位置する石灰岩からなる藤原岳は鈴鹿国定公園内にあり、地形・地質の特殊性と多気候区の境に位置する条件をもつ。植物は、日本海要素と太平洋要素との共存が見られる地域ゆえに多様性に富む。特にフクジュソウ・セッブンソウ・キクザキイチゲ・ミスミソウ・カタクリ・ミノコバイモ・ヒロハノアマナ・マルミノウルシなどの早春植物は有名であり、「花の百名山」にもあげられ全国的にもよく知られている。
今回の環境アセスメントは藤原岳山頂鉱区と治田鉱区で行われたもので、山頂鉱区(面積約59ha)の場合、採掘50年後の将来的採掘計画は、今回の本工事が完了すると最終的に藤原岳展望丘標高1120mから500m東の地点まで採掘されることになり、同時に標高600mまで下げられる。以下、重要植物種を中心に取り上げ、環境影響評価準備書・評価書などにある問題点・疑問点を取り上げて考察してみたい。

植物の重要種選定基準(以下のⅠ~Ⅵ)
Ⅰ.「文化財保護法」に基づく天然記念物に指定されている種
Ⅱ.「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」
Ⅲ.「維管束植物レッドリスト」(環境省、平成19年)の掲載種
Ⅳ.『三重県レッドデータブック 2005「植物・キノコ編」』の掲載種(三重県 2005年)
Ⅴ.「改訂・近畿地方の保護上重要な植物-レッドデータブック近畿 2001-」(レッドデータブック近畿研究会、平成13年)
Ⅵ.「国立・国定公園特別地域内指定植物図鑑 南関東・東海・北近畿編」(環境庁 昭和58年)の鈴鹿国定公園指定植物

以上に該当する重要種は86種(環境アセスメント重要植物リスト参照)もある。
 そのうち藤原岳で特に重要と思われる種としてイチョウシダ・アサダ・オヒョウ・ミスミソウ・セツブンソウ・タキミチャルメルソウ・キンキマメザクラ・ビワコエビラフジ・コフウロ・マルミノウルシ・イワウメヅル・チョウセンナニワズ・ホタルサイコ・フキヤミツバ・イワザクラ・ハシドイ・オオキヌタソウ・マネキグサ・イワツクバネウツギ・ヒメニラ・ミノコバイモ・マルバサンキライ・ヒロハノアマナ・イワタケソウ・ヒロハノハネガヤ・シロテンマなどが生育している。このうち治田鉱区の孫太尾根でのセリ科のホタルサイコは確認できず、そこでは重要種であるミシマサイコが確認されている。記載されているチョウセンナニワズについては3月の標高600m付近の稜線で葉も花もつけているのでオニシバリの可能性もあり検討を要する。しかし、山頂鉱区の1009m三角点付近には4月中頃で花のみをつけている明らかにチョウセンナニワズと思われる個体が存在している。そこにはヒメニラ、ヒロハノアマナ、セツブンソウ、ミノコバイモなどの重要植物も集中して生育している。また、他の重要植物としてクロヒナスゲ・ステゴビルがリストにあがっていない。

① これらの中には鈴鹿山系のみならず藤原岳でも主に山頂鉱区だけに生育する種
 :ヒメニラ・コフウロ・イワウメヅル・ヒロハノハネガヤ
② 鈴鹿山系で藤原岳1カ所に限り分布し、特に山頂鉱区に個体数が集中して生育する種 :フキヤミツバ
③ 県内の他地域にも分布するが、藤原岳の石灰岩のこの鉱区に特に個体数の多い種
 :イワザクラ
④ 他地域にも分布するが個体数が特に少ない種
 :アサダ・オヒョウ
⑤ 藤原岳特有の植物でこの鉱区に特に集中してみられる種 
:マルミノウルシ・ミノコバイモ・ヒロハノアマナ・タキミチャルメルソウ・ハシドイ

今回の環境影響評価書を読んで
【論点】
1.下記の3つの視点・観点から改めて今回の事業を検討する必要がある。
 サスティナビリティ:持続可能な開発の視点
 デバシティ:生物多様性(種・遺伝子・生態系)の維持という視点
 再生可能な自然の保護・保全という観点
2.「想定外」は科学にはあり得ない。想定内とは仮説通りの実験結果が得られたことであり、想定外とは仮説に誤りがあることを示している。よって採掘は挿し木や移植した結果が成功してから始めるべきであろう。埼玉県秩父市の武甲山および藤原岳の現状は目に余るものがあり、これを復帰・回復の実証をしたうえで新たな事業に取りかかるべきである。 ただし、生態系にはわからない点も多く、「試行錯誤」はありうるが、採掘の結果として取り返しのつかないことになってはいけない。見通しを立てることが必要であるが、その点に関して評価書を読んでも全く見通しが立っていない。武甲山採掘の結果や藤原鉱山採掘80年の結果はよい例である。
3.生育地が消失する場合、その生育地の標本を植物の場合はさく葉標本として残し県立博物館に納めないといけない。

【問題点・疑問点】
① 挿し木・取り木・移植・組織培養について
アサダ・フキヤミツバについては、挿し木・取り木・移植・組織培養種となっている。種の多様性の観点と同時に遺伝子の多様性の維持が必要。評価書では組織培養には「自信がある」と記されている(組織培養の功罪.同一種内にも遺伝子の多様性がある.よって組織培養に伴う種の単純化が心配される.愛知県では組織培養して作ったある種の個体が異常増殖して後に駆除した例がある)。
② 生態系の多様性の維持の観点:動植物の保全の基本は、生息環境の保全であり、個体の保護ではない(狭い地域それぞれについて、微気候、特異な環境の中でそれぞれに成立した生態系である.フキヤミツバは山頂鉱区のごく狭い地域にしか生育していない.はたして移植は可能なのか?)。
③ 種の保護をするには環境の保全が必要。その他、採掘に当たっては現地での移植や橎種はもちろんのこと、同時に生育維持可能なしかるべき施設で育てていくことも必要である。
④ また、評価書には「事業活動による山頂鉱区周辺の山地の植物相への影響は小さいものと予想される」とあるが、重要種の移植等が、事業期間50年の中で、採掘と同時並行でなされるとすれば、いかにも対症療法的であり、種の保存・維持にとって危険である。移植地は近くとはいえ生育地は確実に消失するため事前の実験実証が必要である。
⑤ モニター期間について:採掘期間50年間であるのに対して、評価書では10年後までのモニターしか設定されていない。評価書では事業開始から25年前後に特に貴重種の多いクマシデ-ミズキ群落が採掘されるが、モニター期間の設定はこれでよいのか。評価書からは移植は採掘と同時進行とも読み取れ、おおいに問題が残るところである。
⑥ イヌワシ・クマタカについてその回避・低減:採餌場として林間にシカ防護柵を設置したギャップを設けると計画しているが植物遷移の進行を持続的に維持・管理していくことは可能なのか。これについても事前の実験実証が必要である。また、どのような重要植物があるかも調査しなければならないが、さらに大切なことは生態系がそのことによりさらに破壊されるということである。
⑦ カナマルマイマイについて:国内で三重県藤原岳南東部の採掘地域だけにしか生息しない(三重県特産)、動かしても触れてもいけない三重県指定希少野生動植物種20種(三重県自然環境保全条例指定種)であるがこれをいかに解除するか?
 環境評価委員会において専門の立場からはっきりと「移植は不可能、生息区域内の実態をまず知る必要がある」という説明があった。準備書にも「詳しい生態はよくわかっていない」とあったように特異な環境に生息するカナマルマイマイは移植不可能と思われる。
 また、事業者側は「種の保存のため」と称して準備書にも評価書にも生息ポイントは明示せず隠したかたちにしているが、実はこの山頂鉱区に生息が集中しているのである。
⑧ 評価書(作成:事業主)は事業を進める立場での内容だが、生物にとって環境条件の悪い所に長年月を経て成立した藤原岳の生態系を維持するためには、開発を縮小するか大幅な変更してもらう必要があると思われる。

最後に:以上のような考察から筆者らはさらに1年から数年の再調査を要望したが、評価準備書に対する知事意見が出され、開発にはいろいろな厳しい条件がつけられてはいるが承認された形となった。 あとは、評価書に記載されているように事業者側がきちんと行うのか、我々も県も監視をしていくことが重要である。
さらに気になることが2つある。1つは近年豪雨などによる土砂崩れにより山は荒れ、フクジュソウの群落などが激減しているが、山頂鉱区周辺より崩れ落ちる土石流が自然破壊とともに下の大貝戸集落を直撃しているという点である。もう1つは、さらに山頂鉱区の開発が進めば、これでは孫太尾根で営巣しているイヌワシに大きな影響を与えることになるのではないかということである。つい先日(2012年3月末)、開発が延期された治田鉱区の孫太尾根(標高834m)に登ったが、発破の音と工事のダンプの走る音が頻繁に聞こえてきたからである。
                                                                                           以上

 《参考》
藤原鉱山およびその周辺次期原料山開発事業に係わる環境影響評価準備書(太平洋セメント:東京都港区)に対する知事意見
(総括的事項)
1.事業実施区域となる藤原岳は、石灰岩地特有の動植物が存在し、いなべ市においても誇るべき自然と位置づけられていることから、事業の実施にあたっては、十分な環境配慮を行うこと。
2.治田鉱区の事業の延期により、自然環境への影響が回避されたことは、環境保全の上で十分評価できる。山頂鉱区の事業の実施にあたっては、環境負荷の低減となる最新の技術、工法等を積極的に採用するとともに、新しい知見が得られた場合には、この知見に基づく環境保全措置を検討すること。
3.天然記念物であるイヌワシ、三重県指定希少野生動植物種のカナマルマイマイ及び希少な動植物の環境保全措置については、その効果が不明確であるため、有識者の意見を幅広く聞くとともに、事後調査結果の検証を行い、十分な環境保全措置を図ること。
4.事業計画の期間が50年と長いことから、この間に、三重レッドデータブック等の重要な種の選定に用いた文献が更新された場合には、有識者に意見を聞き、関係機関と協議したうえで、必要に応じて環境保全措置を図ること。

(個別的事項)6のみ抜粋
6.植物、動物、生態系        
(1)植物の移植にあたっては、石灰岩地で成功した事例や文献等を調査し、事前に十分な試行を行ったうえで適地に移植し、移植後も生育状況の確認を事後調査で行うこと。(誰が行うのか?)
(2)植物の移植は移植先の環境に大きく左右されることから、移植候補エリアの環境調査を移植前に行い、移植を行う植物の生育条件に適した場所に移植を行うこと。また、移植先の既存の植生に対する二次的な影響についても考慮すること。
(3)植物の重要な種の移植を行う株数についても、評価書に記載すること。
(4)住民意見等において、準備書に記載されていない動植物の重要種の確認の報告があることから、その報告について確認し、必要に応じて環境保全措置を行うこと。
(5)採掘後に行われるツゲによる緑化にあたっては、生育状況を確認し、十分な管理のもとに行うこと。
(6)供用開始時までに、適切な調査箇所でマレーズトラップ法及びフィット法による昆虫類の調査、予測及び評価を行い、必要に応じて環境保全措置を行うこと。
(7)陸産貝類の調査結果について、ヒメビロウドマイマイは過去の文献に生息の記録がなく、また、フトキセルガイモドキはキセルガイモドキと、オクガタギセルはハゲギセルとの誤同定、混同が疑われるため、有識者の意見を聞いたうえで、評価書に正確な記載をすること。
(8)陸産貝類については、狭い範囲でかつ陸産貝類相の多様性が低いと考えられている養老山地の標高の低い調査地点における調査結果と比較しても、発見された種数は少なく、かつ未同定種が多いことから、調査の時期、調査範囲、調査に費やした人数・日数、調査の手法及び参考文献についても評価書に詳細に記載すること。
(9)カナマルマイマイについては、その生態的な基礎情報が明らかではなく、これまで実際に行われた移植の研究事例もない。また、移植先への影響については、人為的な個体群の移入が元々のカナマルマイマイの個体群、他の陸産貝類相などへ多大な影響を与えることや、移動能力の少ない陸産貝類は個体群ごとに独特の分化を遂げている可能性が高く、遺伝子を攪乱することが考えられる。したがって、移植はきわめて困難であると考えられることから、移植を前提とせず、可能な限り、事業の影響を回避・低減する方法を検討すること。
(10)イヌワシの採餌環境の創出のために林冠ギャップの施工を予定しているが、その効果は現在不明確であり、施工場所に生育する動植物への影響も懸念されることから、ギャップを試験的に施工し、その効果を確認してから行うこと。
 なお、林冠ギャップの施工を行う場合には、施工前にギャップの施工箇所の動植物に対する調査、予測及び評価を行い、必要に応じて環境保全措置を行うこと。
(11)イヌワシ・クマタカについては、事業実施期間中は継続して、事後調査を行い、繁殖への影響の有無や林冠ギャップの効果の判断を行うにあたっては慎重に行うこと。
(12)事業実施区域にはカモシカ特別保護区が含まれており、カモシカの糞塊も確認されていることから、事業の実施にあたっては、三重県及びいなべ市の教育委員会と協議のうえ、保護・保全に努めること。


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by mamorefujiwaraMT | 2012-08-10 13:07 | 会員 各種論稿
筑豊のセメント山〈香春(かわら)岳〉と五木寛之「青春の門」
                                                                  (会員 藤原昧々)

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 2012年2月の末に、北九州は田川市石炭・歴史博物館主催の「山本作兵衛コレクション展」を見に行ってきた。 明治・大正・昭和にわたる筑豊炭鉱の歴史を身をもって体験された山本氏が60の歳から絵筆をとって描きつづけた坑夫たちの労働と生活の姿が丹念・克明に記された絵画記録で、学生のころ作家上野英信氏の本で知って私は当時から関心をよせていた。 今回その人の絵や日記類を実際に眼にする念願がやっとかなったのだった。
 小倉から日田彦山線の電車に乗り、途中長いトンネルを抜けると左手に、右端の山がテーブル状に削られた三つ子山の風変わりな姿が目にとまった。 田川市の博物館からその連山は町並みの上にくっきりと望め、そのとき、この山が香春岳(かわらだけ)という名のセメント山であることを知った。 帰って調べてみると、この山もやはり由緒ある信仰と伝承の山であり、自然も豊かで、存在する植物種数は今も1200種に及ぶといい、コケも全国でここだけにしか存在しない種があるという。 坑内掘りの石炭とちがって石灰岩は露天掘りであり、採算にみあう限り、抉り削りとられて消滅させられる。 日本の石灰山がいずれも学術上貴重な自然を蔵しながら消滅してゆく。 無念でならない。 文明の原罪というか経済文化の恩恵に生きる人間の心のトゲでもある。
 博物館から撮影した写真では、手前の削られた山が「一の岳」であり、奥に向かって「二の岳」「三の岳」となり、登山対象は「三の岳」のみとなる。
 「一の岳」の変貌について、「関門通信/ガゾーン」の記事には、以下のように記されていた。
「1935年(昭和10年)に日本セメントが採掘を開始し、同山の標高は492mから270mに低下した。平尾台の石灰石鉱山では山の斜面が虫食い状態だが、香春鉱山は周囲が住宅地のため落石を防ぐ必要があったのか、山頂を切り取った後に内側をベンチカット方式で切り込んでいる。まっ平らな山頂を地域住民は複雑な心境で見上げる。」と。
なお、香春岳当初の操業は旧浅野セメント(現太平洋セメント)とする記述もある。
藤原岳山頂鉱区の場合、対象が標高600mまでとされるが、山頂1000m余からどのようなえぐられ方をするのかが気になる。

その香春岳が五木寛之氏の大作「青春の門」の冒頭にあたる「筑豊扁」の第一章に描かれていると知り、さっそく図書館で開けてみた。 なお、種田山頭火も採掘前後の香春岳を旅中で目にしていたという。
縦書きの日本の文学作品を横書きで紹介するのには抵抗があるが、事情によりご寛恕いただきたい。 下線は私が記した。

 「香春岳は異様な山である。
 決して高い山ではないが、そのあたえる印象が異様なのだ。
 福岡市から国道二百一号線を車で走り、八木山峠をこえて飯塚市を抜け、さらにカラス峠とよばれる峠道をくだりにかかると、不意に奇怪な山容が左手にぬっと現れる。標高にくらべて、実際よりはるかに巨大な感じをあたえるのは、平野部からいきなり急角度でそびえているからだろう。南寄りの最も高い峰から一の岳、二の岳、三の岳と続く。
一の岳は、その中腹から上が、醜く切りとられて、牡蠣色の地肌が残酷な感じで露出している。 山麓のセメント工場が、原石をとるために数十年にわたって休まずに削り続けた結果である。
 雲の低くたれこめた暗い日など、それは膿んで崩れた大地のおできのような印象を見る者にあたえる。それでいて、なぜかこちら側の気持ちに強く突き刺さってくる奇怪な魅力がその山容にはあるようだ。 目をそむけたくなるような無気味なものと、いやでも振り返ってみずにはいられないような何かがからみあって、香春岳のその異様な印象を合成しているのかもしれない。 かつて戦国時代に、この一の岳に築かれた不落の名城があったという。その城を〈鬼ヶ城〉と呼んだそうだが、いかにも香春岳にふさわしい異様な山城のすがたが霧の奥から浮かび上がってくるような気がしないでもない。
               (中略)
 曇天の下、頭部を醜く削りとられた香春連峰一の岳が屹立するすがたは、なぜか現在の筑豊のおかれている奇怪な現実を無言のうちに象徴しているようだ。 明治の会社炭鉱(ヤマ)開発以来、いくつかの戦争をはさんで劇的な盛衰をくり返してきたこの川筋の平野に、香春岳はいまセメント会社の手で少しずつその山容を、低く、平らに変えつづけて行こうとしている。
 やがていつかは、香春連峰、一の岳の名が、かつて筑豊に存在した今はなき幻の山として伝説のように語られる日がやってくるのかもしれない。
               (中略)
 伊吹信介は、子供の頃から香春岳を眺めるのが好きだった。
 彼が物心ついた頃は、すでに香春岳のセメント採掘は始まっている。 正確に言うと、信介の生まれたのと同じ年、つまり昭和十年にセメント会社は山を削りはじめたのだ。
 彼が生まれてはじめて香春岳を意識したのは、父親の背中におぶさって、栄町の通りを帰ってくる朝のことだった。
 どこから帰ってくるところだったのか、何のためだったか、その時の幼い信介にはまったくわかってはいない。ただ、父親の背中でうしろを振り返ったとき、正面に異様なまでに大きな山が見えたのだ。その山肌に傷ついたような白い裂け目があり、朝日の色に赤く染まって輝いていたのを彼ははっきりと憶えている。
                (中略)
 その時、白い花輪の並ぶ小さな家々のかなたにあの香春岳があった。そしてその頂上のあたりは削りとられて白く無残に陽にはえていた。その部分は、まるで山の骨が肉を破って露出しているように見えた。」                       (引用、以上)

 因みに、藤原岳が太平洋セメントの前身会社によって採掘されはじめた年は昭和8年であり、香春岳採掘よりわずか2年前である。

 さて、過去2億トンもの石灰を採掘してきた秩父の名山、武甲山は2000年3月末についに第一プラントの操業が休止され、セメント産業の斜陽化は誰の目にも明らかになった。 さらなる不況のため太平洋セメントは土佐・大分・秩父の3工場でも2010年中にセメント生産を大巾に中止し、同社生産全体量の13%にあたる310万トンを削減したという。  この香春岳の場合も生産縮小化の流れにそって生産工場の閉鎖と石灰採掘主体の他会社への移行が最近行われたという。

 このように見てくると、50年にわたる藤原岳鉱区拡張の計画も今後永久に会社が責任をもって緑化や自然保護に取り組んでいくだろうという甘い期待への保障はどこにもない。 閉鎖と失業の陰で失う自然の価値はあまりにも大きすぎる。 どこかで根本的な視点の転換と、惰性からの覚醒が必要になろう。
                                                          2012.8.4 記

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