平成25 年度第2 回鈴鹿生態系維持回復協議会】 議事要旨

■日時 平成26 年2 月5 日 14:00~16:00
■場所 滋賀県甲賀合同庁舎3B 会議室
■出席者(敬称略) 野間会長、高柳、落窪(滋森)、吉村(甲)、藤岡(甲)、奥村(東)、
小泉(東)、高岡(日)、山本(多)、舩坂(三森)、岡(い)、川瀬(い)、伊町(い)、駒田(亀)、
秦(菰)、石野(滋)、池田(滋)

■委員の意見の概要
(いなべ市)
シカの食害の関係がひどくなっていると聞くが、シカの食害によるものなのか調査をしていないので分からない。シガが多くいる竜ヶ岳では、ササがあると聞いているが、ササをシカが食べるということは確認されているのか。
(会長)
鈴鹿山脈地域でのササがほとんど全部枯れてしまったという所が御池岳などにある。植物の丈がかなり短くなっている主な原因はシカにあろうと考える。
(高柳)
芦生ではササがシカによって無くなっている。ササはシカにとって重要なえさである。南部域のシカはササが無くなってしまい数が減った。今はカモシカも減っている。
(会長)
ハルザキヤマガラシは、最近伊吹山の山頂でも増えてきている。かなり繁殖力は強そうである。近くてよく似た種類も生えてくるのでなかなかやっかいである。
(高柳)
シカは突然食性を変えることがある。シカは外来種をなかなか食べないので今後食べているかどうか注意をしておくとよい。
(いなべ市)
実際、山に登ったが、ハルザキヤマガラシが増えて福寿草が減っているかどうかは分からない。全体的に花が減っていると聞いているが、原因は色々あると思うが、気象の変化の問題もあるのではないか。
(会長)
福寿草は食べないと思うが他のものが食べられる。裸の地面が出来ると、そこに外来種が入ってきやすい。ハルザキヤマガラシもその可能性がある。
(いなべ市)
ハルザキヤマガラシがあるところには、福寿草など混在も見られる
(いなべ市)
ハルザキヤマガラシの件であるが、山頂でも繁殖が始まっている。駆除を慎重にしないとかえって広げるということも考えられる。商工観光課のほうで登山道の担当をしているが、毎年様相を変え、無くなってまた別の道を歩かれる。だから希少な植物が踏み荒らされることが懸念される。
(高柳)
いなべ市はシカに関して、なにか問題になっていることはないのか。農林業被害や生態系被害は出ていないのか。
(いなべ市)
確かに食べられているがシカなのか疑問であるので取り組んでいない。藤原岳の山頂に銃を持って登っていくことは今後においても考えられない。山の上を駆除しだすと、山で追い払われればシカが里に下りてきて農業被害が今よりも増えるのではないか。
(高柳)
どこでも農業被害がひどいのでそう考えるのは仕方がない。山だけ追えば里に下りるが、山で追ってさらに里で追うという連携で考えてもらいたい。
(いなべ市)
活発にやろうかとなっても人がいない。
(高柳)
法律改正により都道府県単位であるが捕獲事業者の参入を認めるという話になってきている。滋賀県側は猟友会の人が増えるよう県をあげて取り組んでいる。山の方がひどいという認識はないのかもしれないが鈴鹿の山頂だけでなく山腹も芦生もそうだが山に草がない状態で大雨が来てすでに土砂の流出が始まっている。あと何年もつのだろうかという話をしているくらいである。最終的には人間が大変な目にあうことになる。早めに共通意識を持つ必要があるのではないか。
(東近江市)
農業被害から平成19 年度から本格的にシカの対策に取り組んでいる。滋賀県では平成17年ぐらいからシカの特別対策という形で保護管理計画があがっており、それに基づいて個体数調整・有害捕獲をエリア全体の個体数を減らすとして積極的に行っている。冬場でもスノーモービルを持ち込んで御池岳の下の林道まで入って林道沿いのシカを捕獲している。
(亀山市)
ニホンジカによる早木の食害が起こっている。有害駆除報奨金で有害駆除を猟友会にお願いしている。今後猟友会の高齢化が問題である。また、猟犬の猟欲(追及する、格闘する欲求)も無くなってきていると聞く。また、外来種植物の防除・普及啓発の推進に関して自然保護団体と連携して取り組む予定である。
(菰野町)
菰野町は山林が1/2 をしめる。団体が管理している他とは違う管理体制である。以前山頂にあったカモシカセンターの所長に聞いたところ、御在所岳に関してはアカヤシオ、シロヤシオがかなりの被害である。カモシカにおいては400mより下の里に追いやられ、山頂にも山里にもシカがいる状態である。町としての対策は、3年くらい前から農作物被害が非常に多い。シカ・イノシシ・サルの被害があるが、最近ではシカによる被害が多く、猟友会に頼むのはもちろんのこと地元の方々も研修に行き、地域住民で会合をもつなど何とかしなければと追い払いに徹している状態である。町民からの苦情も多く、頭を悩ましているのが現状である。
(三重森林管理署)
シカ対策は大台ケ原の国有林の所で集中的に行っている。来年からは個体数調整も国有林で行っていく予定である。国定公園内では、シカによる食害・被害は聞いていないので対策はとっていない。
(高柳)
捕獲についてであるが、奈良県の場合は猟友会に委託しているだけである。捕獲事業者認定制度ができるので猟友会にだけ頼らなくてもよくなるが、そのときに猟友会との調整をどうするかが問題になるかもしれない。生息密度に関して環境省では自然公園では5頭と掲げていたが、大台ケ原では5頭からさらに減らすことが目標となった。
(東近江市)
柵・囲い・フェンス等、獣害対策で農地周辺や里場に建てているものと気象的条件が全然違う。山頂なので風や着雪の状況など研究する必要がある。運べるものであれば金属性の方が耐久性がよい。ネットを使用しているが何度も奥歯で噛み切るのでワイヤーを入れておいても万能ではない。また、工事発注をしても受ける業者はいないと思われるので、我々を含めて設置するにあたりボランティアを募れば意識も高まるのではないか。単に工事発注するのではなく住民の方々を巻き込んだ体制にもっていったほうが現状を理解してもらえるのではないかと思う。
(高柳)
NPOやボランティアの活用をモニタリング・防除等、積極的な参入を事業の中に組み込むべきである。国定公園の保全ということであれば多くの人の関心が高い。県の人が勝手にやっていると思われるのがよくないので多くの人の意見を踏まえながら体制づくりをしっかり行っていただきたい。
(会長)
シカ捕獲の実施は2年後となるが、実質効果をあげられるように次回の会議でも話したいと思う。
(高柳)
シカの捕獲に関して滋賀県では特定計画を立てていて、この地域は湖南東部にあたるが密度の非常に高いところということで捕獲を中心に進める。特定計画でも個体数を落とすことが非常に重要になってくるので鳥獣害対策室と十分に連携をはかっていただくことが必要だと考える。__



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山は誰のものか
              藤原昧々

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   積雪期の藤原岳          早春の展望丘とフクジュソウ       新雪とマユミ


かつて藤原岳は、多志田の渓谷をふくめて、その美しい景観と、「花の百名山」の名に恥じない多種・豊富な貴重植物や生物にめぐまれた文字どおりの「名山」であった。 しかし今、私たちの目の前には、裸形の山容と荒廃しきった自然を曝す「藤原岳」しか存在しない。

アセスも済んだ今、当然のことながら、私たちの要望が、会社に対して現行のセメント生産や廃棄物処理業務を中止するよう求めているわけではない。 企業活動にともなうやむをえない自然への損失・弊害の縮小と是正を求めているだけだ。このためにこそあのアセスメントはあったはずではないのか?
私たちは、失われていく自然景観や貴重な自然と生態系の維持と保護、そして希少種の保存、をできるかぎり推進するよう、会社をはじめ、地域のいなべ市行政と教育委員会に訴え要請する活動をつづけている。

アセスメントが終了し県の認可がおりて、会社は鉱区拡張を開始したが、県の認可条件たる自然の保護措置に当の会社が積極的な努力を示す状況は見られず、また、その実施過程の公開もまだない。
いなべ市と教育委員会も、「藤原岳は太平洋セメント株式会社の私有地だ」としてさっさと身をひき、生物保護への関与と取組みをいっさい放棄し果てている。 「いなべ市が誇るべき自然」と県知事が意見書の冒頭で賞賛した藤原岳へのこうした無関心な態度は、彼らの議会での答弁に如実に示されている。(当ブログ、いなべ市議会答弁) 

セメント鉱山をかかえる多くの他の自治体の自然保護への啓蒙や取組み例などと比較すると、これほど故郷の山にたいする愛情と畏敬の念に欠ける市町村自治体は全国でもめずらしいのではないかと思えてくる。 大学の植物関係の先生方の間からも、いなべ市の関心の低さが、いま大きな顰蹙をかっていると聞くのもうなずける。  県もアセスメントの答申をふまえ、認可にともなう様々な指示は出したが、その適切な指示を会社に徹底させ指導・監督する責務をもっと積極的にはたしてほしい。

山は誰のものなのか。 ひとり所有者たる一私企業の占有にとどまるのか? 地域自治体は企業に対してなんらの口だしも規制も及ぼせないのか?
その疑問に答える力づよい文章を筆者はこのほど目にしたので、以下にご紹介したい。
川口久雄・全訳注「和漢朗詠集」講談社学術文庫 解説(P.619-620)より引用させていただく。    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  勝地(しょうち)はもとより定まれる主(ぬし)なし
  おほむね山は山を愛する人に属(しょく)す

― すぐれた風景の土地は、がんらいきまった所有主があるわけではない、だいたい山というものは、それを愛する人のもちものなのだという意味です。符牒のように「白(はく)」という字がそえられています。白楽天の詩の文句だという、それだけのコメントです。   キリストを描こうと、売笑婦を描こうと、きびしさとやさしさに溢れた目をもっていた画家のルオーが「人が深く愛した土地は、同様におそらく私たちを愛しているのだろう」ということばを引いています。
 フランス・ロマン派詩人のシャトオブリアンは「自然の美しさは見る人の心のうちにある」といいました。 
西欧社会にも通用する普遍性をもった断章ですから、もちろん我が国で、道元禅師が永平寺山中にこもって、『山居十五首』を作り、 
  我れ山を愛する時、山 主を愛す
という偈(げ)を作って山を讃えるのも、日野山の草庵で『方丈記』を書いた長明法師が、
  勝地は主なければ心を慰むるにさはりない
というのも、自然にうなずかれるわけです。
              川口久雄・全訳注「和漢朗詠集」講談社学術文庫 解説より

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・       
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   イワザクラ                カタクリ              フクジュソウ
 
 
昭和の初期であろう。セメントに目をつけた太平洋セメントの前身企業が、地元地区民たちから札束で藤原岳の主要部と御池岳の半分を購入し私有地とした。  戦後、周辺は、鉱山区をみごとにくっきり線引き分離した上で、「鈴鹿国定公園」に指定された。 鉱業法のためその最も貴重な核心部は国の公園法がまったく及ばない私企業の聖地として法の規制からはずされた。 時代にそぐわなくなった鉱業法と私有権の専権が、屈指の景観と日本の貴重な生物種の多くを一顧だにせず、破壊・消滅させ続けてきた。点睛を欠いた画龍たる情けない「国定公園」を三重県民はずっと甘受せざるをえなかった。戦後間もなく成立し、以後、環境サイドからの改変なき鉱業法ゆえに。 
いまの鉱業法は、戦後の復興を石炭エネルギー増産に托して生まれた法律だといわれる。 石炭がその役割を終えた今日、その時代遅れの法の強大な権限は、地域の環境・健康・安全・福祉、国民の自然財産などに配慮した改変がなされねばならなかった。 諸悪は鉱業法にあると断ぜずにはいられない。

炭鉱や造林とちがって、セメント山は、所有する企業がみずから山体を破壊し食い散らし消滅させる。
そこに生きる地域住民の目と胸には、故郷の山である慣れ親しむ自然景観が削られ、むきだしの破壊の惨状がもろに突きささってくるのだが、それもいつか原発の町の一部の人のように慣らされる(?)悲しい風景なのだろうか。 それにしても、子どもたちが日々目にする山の景観であることには違いはなく、胸がいたむ。

セメント山の原風景を印象的に描いた、五木寛之「青春の門・筑豊編」の書き出しの部分は、すでにこのブログの拙稿(2012年8月)でご紹介してある。 五木氏は筑豊の山・香春岳を、「醜く切りとられて、牡蠣色の地肌が残酷な感じで露出している。」 「膿んで崩れた大地のおできのような印象を見る者にあたえる。」「山の骨が肉を破って露出しているように見えた。」などと描写された。 しかし彼は、それでいて「目をそむけたくなるような無気味なものと、いやでも振り返ってみずにはいられないような何かがからみあって」、「奇怪な魅力がその山容にはあるようだ。」と、屈折した一種のなつかしさをこめて振り返っておられる。

景観も自然保護もたいせつだけど、日本にセメントは必要だからなあ・・・の声が聞こえてくるようだ。電気はなあ、安保はなあ・・・の調子で。大事故が起きても原発に理解を示し、沖縄のみに基地をおしつける例のトーンで。  しかしセメントは国内でひどく過剰になり生産は往時の半分まで落ちこみ、しかも輸出が生産の2割を占めること、各地で閉山があいついだ歴史を知っている人は本当に少ない。 今のセメント産業は、高温度の石灰焼却にともなう産業廃棄物処理業へと営業の力点は移行しているという。 藤原工場もそうだ。

藤原鉱山は操業開始からもう80年余が経過した。更に50年間の鉱区拡張に向けた今回のアセスメントがきっかけで、藤原岳での貴重な動植物の意外な新種の生存があらためてつぎつぎ知られることになった。
本来ならば、消えゆく運命にある生物の実態調査を当の会社や地域自治体の教育委員会が主になってこれまで遂次調査し記録に残すことがあって良かったのではないか?  故郷の自然をたいせつにするということは、消えゆくものをそこに残せなくても、せめてあったものを記録に残すことではないのか?そのためには、削っていく会社も地元の専門家も、協力して私有地であろうとも現場に入り調査し記録し公表することをやるべきだった。国定公園の広大で貴重な核心部分が長く消えるがままに放置されてきた残念な過去の意味、消えていった未知の生物を問わずにはいられない。
数次のアセスメントから得られた有識者の答申でも、希少な種やレッドデータに関係する新たな種の保護と保存を会社に要請している。 今後のことだが、肝心のいなべ市が会社と対話し自然保護に前向きになってくれなくてはどうしようもない。(本会のブログには、過去のアセスメントの審議内容と結果の答申が記載してあります。)

さて、山や海は誰のものか?
「勝地は主なければ心を慰むるにさはりない」の鴨長明や多くの日本人の感慨も、セメント会社、観光開発業者、ホテル、ゴルフ会社、原発などの巨大な企業の発言力と資金力の前に次第に過去のものとなりつつあるようだ。


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子達の目に映る藤原岳   天下の印籠・社有地標識    非・国定公園の「花の百名山」



付録 ・・・ 事業認可にあたっての県知事意見(抜粋・要約) 2011年1月26日付け

☆ 藤原岳は、石灰岩地特有の動植物が存在する、いなべ市が誇るべき自然であることから、事業の実施にあたっては、十分な環境配慮を行うこと。

☆ 事業期間50年の間に、三重県レッドデータブック等の重要な種の選定が更新された場合には、環境保全措置を行うこと。

☆ 準備書に記載されていない動植物の重要種について確認し、環境保全措置を行うこと。

☆ 地形改変により既存の植生等に大きな影響が見られる場合には、環境保全措置を行うこと

☆ 植物の移植にあたっては、事前に十分な試行を行ったうえで適地に移植し、移植後も生育状況の確認を事後調査で行うこと。 その際、移植候補エリアの環境の調査を移植前に行い、移植を行う植物の生育条件に適した場所に移植を行うこと。 また、移植先の既存の植生に対する二次的な影響についても考慮すること。  重要種の移植を行う株数についても、評価書に記載すること。

☆ 供用開始時までに、マレーズトラップ法及びフィット法による昆虫類の調査、予測及び評価を行い、環境保全措置を行うこと。

☆ XXXXマイマイについては、移殖を前提とせず、可能な限り、事業の影響を回避・低減する方法を検討すること。

☆ イヌワシの採餌環境創出のための林冠ギャップは、試験的に施工し、その効果を確認してから行うこと。なお、施工前にギャップの施工箇所の動植物に対する調査、予測及び評価を行い、環境保全措置を行うこと。

☆ カモシカ、および埋蔵文化財包蔵地である治田銀銅山の保護・保全に努めること。

☆ 水質に関しては、必要な調査を、現況及び採掘が行われる供用中の一定期間ごとに行い、環境保全措置を行うこと。

☆ 土壌については、カドミウムの直接摂取のリスクを踏まえ、土壌含有量調査を行うことも検討すること。

☆ 三重県景観計画に基づく景観形成基準に配慮した事業計画とすること。

                                                   以上








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  ― 田中澄江「花の百名山」と小泉武栄「山の自然学」より             藤原昧々

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「花の百名山」(文芸春秋社 1980年)は、山と草花を生涯にわたりこよなく愛した作家・脚本家の田中澄江氏(1908-2000)が執筆、発表した山の随筆集である。 同書は第32回読売文学賞(随筆・紀行賞)を受賞している。 以下、フリ-百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』などに依拠して紹介の文を綴ってみた。 
この書は全国に大きな反響を巻き起こし、深田久弥のあの「日本百名山」(1964年刊行。この書も読売文学賞受賞)に対して、〈花の百名山〉という新たな呼称と彼女選定による百座の認容と定着が広くなされるきっかけとなった。 その後、彼女は1995年(平成7年)に新たに選定し直した百峰(藤原岳は再選)の花と歴史のエッセイ「新・花の百名山」を出版して読者の要望に応えている。 また同年には、NHKの衛星第2テレビで、「花の百名山」が毎週10分のテレビ番組として放映され、ビデオ化、DVD化がなされて一層の広い関心とブームを喚起した。 その後、山と渓谷社からは、いくつかの山の選定が見直され、同社の「花の百名山登山ガイド」シリーズが刊行され、さらに朝日新聞社からは、『週刊 花の百名山』の朝日ビジュアルシリーズが出版されたりして、花の豊富な山々とその草花への国民的な関心はいっそう高まることとなった。

三重県北勢部に住む私が特筆したいことは、田中氏の選定以来、どの社の版でも鈴鹿山系の藤原岳は全国山岳中、百選での常連様であり、低山ながらも、同山がまさに全国屈指の花の名山として常に選ばれ長く人々に愛されてきたという事実である。
三重県の山岳の中で百選に入るのは、まず田中氏の「花の百名山」と「新・花の百名山」に大台ケ原山(1695m)と藤原岳の2山があり、NHK衛星第2放送版では藤原岳、御在所山、大台ケ原山であり、山と渓谷社シリーズの選では、藤原岳、鎌ヶ岳、大台ケ原山となっている。


田中澄江「花の百名山」の297頁「(84) 藤原岳 ― アワコバイモ(ユリ科)」の項を開いてみよう。 ここでまずブログ読者に訂正をしておきたいことは、当時「アワコバイモ」と私たちも称していた主題のユリはその後、専門家の指摘により、「ミノコバイモ」と名を改めている(ミノコバイモとアワコバイモの相違は、葯の色が白色か紫褐色かで見分けるそうだ)。

彼女の最初の藤原岳訪問は生憎の悪天候により不発に終わっている。その項の出だしはこうだ。

「藤原岳には花が多いという。 去年の春、大台ケ原の大杉谷を下った帰りにバスをまわしたが、二日目の下りから降り出した雨が、強い風まじりのざんざん降りとなったので、民宿のかたわらにある藤原岳自然科学館で、館長の清水実氏から、映画や展示物の説明をうかがった。」
とある。
余談になるが、この時、田中氏は「館内に飼われているマムシにぞっとし」、そして「伊吹山の近くで、ヤマトタケルノミコトは毒蛇にやられてそれがもとで死なれるのである。 毒蛇とは被征服民族のことだといわれているけれど、私は、本当はマムシにやられたのではないかと思っている。」と記している。
一年後の4月20日すぎに、再度、彼女は藤原岳を訪れた。 
「今回は一天雲のかげすらない日本晴れであった。」
当日の案内も「藤原岳の自然を観察し、保護することに情熱をそそぎこんでおられる清水氏(当会顧問)」で、聖宝寺からのコースを登って大貝戸道のコースを下っている。 次々と現れる野生の花々に「こんなに見るのははじめてである。すばらしいを連発したら、清水氏が暗い声で言われた。 以前はもっともっと多かったのに、心なく採るひとがいて、すっかり少なくなりました」と。
著者は路傍の、エイザンスミレ、イチリンソウ、ニリンソウ、アズマイチゲ、エンレイソウ、キクザキイチリンソウ、フクジュソウ、レンプクソウ、カタクリなどの花々を愛で、八合目付近の谷では、アワコバイモ(ミノコバイモに訂正)やヒロハノアマナを初めて見て「それだけで登ってきた甲斐があった」とその感激を綴っている。
最後までマムシにも会わず、「季節をかえてそれぞれの花の盛りに、何べんでもまた、藤原岳に来たいと思った。 頂上から北西にむかい、石灰岩地特有の風景をもった天狗岩から、御池岳の方へもいって見たいと思った。」 という文で藤原岳の稿は終わっている。 彼女は鈴鹿山系の霊仙山、御池岳(コグルミ谷より)、御在所山にも足跡を残している。

田中澄江氏のように、藤原岳の多種多様な花々の数に圧倒され驚喜される登山者や識者は多い。 岩波新書「山の自然学」の著者、小泉武栄氏もその一人だ。 同書の204頁、「23. 江戸時代からの花の名所 ― 鈴鹿山脈 藤原岳・伊吹山」の書き出しは以下のとおりだ。
「鈴鹿の花は春がいい。 五月の連休頃、藤原岳(1140メートル)を訪ねると、花の多さに圧倒される思いがする。 カタクリ・セツブンソウ・キクザキイチゲ・アズマイチゲ・イチリンソウ・ニリンソウ・ヤマエンゴサク・アワコバイモ(ミノコバイモに訂正)・ヤマブキソウ・ヒロハノアマナなど、まさに春植物のオンパレードである。 また時期を少しずらすと、イカリソウやヤマシャクヤクも咲きはじめる。」

氏は同書で、「北隣にある伊吹山とともに江戸時代から花の名所として知られてきた」藤原岳が「なぜ、これほど植物が多いのだろうか」という疑問に対する説明をいくつか列挙されている。 内容を掻い摘んで紹介すると、

地形的に本州で最も狭隘な場所に位置するために、動植物の移動にとって関所にあたるところにあり、さまざまな植物が残りやすい。
石灰岩地質の山であり、それ特有の特殊な植物が多数分布する。 
石灰岩の風化に起因するカルスト地形という特殊な土地条件があり、山の稜線部の土壌の薄さと乾燥しがちな土壌が高木の生長を妨げ、林床の植物にはありがたい好環境をつくっている。
冬期の季節風がもたらす多雪が日本海要素の植物や亜高山性の植物の流入に適し、また雪解け直後の豊富な日射が林床の植物に有利に働く。
藤原岳は、もともと暖帯に属する気候条件下にあり、ここを本来の生育地とする太平洋側要素の植物も多い。

などの要因で豊かな植物相が維持されているのである、と説明される。
「これほどの花の山だとは知らなかった」氏の一行は、「予想をはるかに越えた数多くの植物を見ながらの登山」となり、次回は日帰りでなく「麓で少なくとも一泊はしようと反省」したと記しておられる。

藤原岳は、今般、太平洋セメントの採掘鉱区の拡張(50年間)にともなうアセスメントがきっかけになり、地元や他県の専門家たちの調査が進み、増殖するシカ放置による山の荒廃と植物の激減という深刻な被害の現実が存在する一方で、意外にも近辺で、三重県のみならず全国でも貴重な植物の生育が多数発見されるようになった。 今後、年間を通じた更なる調査によっては、まだまだ新しい発見が十分に期待されるのである。

今回の一連の調査によって注目されてきた植物名を、本会会員K.Y氏による当ブログ2013年5月18日の論稿「三重県産ミシマサイコ属の一新種」などを参照させて戴きながら、以下に列挙してみた。

ステゴビル、ヤセホタルサイコ、マルバサンキライ、シコクフクジュソウ、ヒメニラ、エゾスズラン、セリモドキ、
そのほか注目される種には、フキヤミツバ、イワザクラ、オオキヌタソウ、イワツクバネウツギ、アサダ、キンキマメザクラ、イワタケソウ、コトウカンアオイ、ミノコバイモ、イチョウシダ、 などの貴重な植物が多数ある。

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左より順に、ミノコバイモ、ステゴビル、フキヤミツバ、イチョウシダ

最後に、地元のいなべ市の対応について一言ふれたい。 市へは、増殖する鹿への抜本的対策、登山道の整備、山荘のトイレ改築など緊急に手をうってほしい施策は数多いのであるが、行政の関心は実に低く実施は遅々として進んでいない(山荘のトイレは今年度着工予定で感謝!)。 行政にとって、郷土のイヌワシやカモシカ、山の花々などは、どうなっても構わないというのだろうか。

a0253180_16523122.jpg いま、筆者の手もとには、〈ふるさといなべ市の語り部〉編集の冊子「ふるさとの紹介」(平成21年)がある。 その第1頁には、「山紫水明の地いなべ市」の藤原岳を「全国屈指の花の山」の名で紹介し、「一年を通じて花が楽しめる自然の宝庫」と記されている。 同冊子の「序」には、「今日まで大事に守り育てられてきたことや語り継がれてきた有形無形の文化財を祖先からの贈り物ととらえ、私たちも後世に伝えていかなければなりません。  先人の心や知恵にふれ、郷土を愛し、郷土を守り育てていく市民、特に若い人たちにその願いを託したいのです。 たくさんの方々にいなべ市を知っていただきたいことと、美しい自然を守り、市民が躍動するいなべ市であってほしいという思いから、この小冊子を作成しました。」と綴られている。 
この語り部さん方の切々たる思いに対し、同じ地元の行政の方々は郷土の深刻な問題解決にもっと真摯にとりくんでいただきたく思う。 

「いなべ市の自然は市の大きなブランドだ」と強調された市長のもとにありながら、市の教育長の市議会定例会(平成25年第4回)での答弁は、「現地に行っていない」「太平洋セメント(株)の土地であり即答できない」といったまるで我関せずの内容であったようだ。 なにしろ何回も実施された県による藤原岳のアセスメントに市の関係職員がかつて一度も一人も傍聴に参加されてこなかった寒々とした事実にこそ、いなべ市の、藤原岳の自然保護に対する関心の薄さが痛感されるのだ。
「最後の川が汚染され、最後の魚が獲られたとき、初めて、我々は《お金を食べて生きていけない》ことに気づくのです。」 こんな言葉が私の胸に浮かんできて仕様がない。

全国各所でリストラのために廃棄されてきた大型セメントプラントと沈滞した企業城下町の実態は、一部マニアたちのツアー対象の画像としてネットの録画でいくらも見ることができる。 大企業によりかかるだけの無気力な依存体質では地方はいつまでたっても自立し強くなれない。 きれいな空気と水と自然の郷土を回復し、山の自然を活用し森林資源を見直した地方産業の再構築を構想しなければ地方の再生はありえない。 鉄とセメント重視から樹木の有効性活用への転換をはかり、森林資源を生かした再生エネルギー産業と新規の製材産業の復興という道も欧州先進国の先例から学ぶこともできる。 しかし、旧態已然の鉱山法や建築基準法などのしがらみや、製鉄業、セメント産業、新建材産業といった既得権益に支えられる日本の産業構造全体にも問題が多そうであり、立ちはだかる障害は大きい。 それに何と言っても、藤原岳は山全体が一私企業の所有物、私有物だという厳然たる現実がある。 

今の藤原岳は、「花の名山」どころか、唯一残された登山道は上部でずたずたになり、山肌は随所で崩落する荒れようであり、行政によるシカ放置によって完全に裸地化した頂上部の平原は、隣接するセメント鉱区から運ばれた外来植物が一面に蔓延する無惨な荒れ野と化している。
とても、「全国屈指の花の山」などと言えたものではなく、将来、入山禁止の山にもなりかねない。 
まず、全国で9倍に増えたというシカへの対策が急務であり、行政の無策・放置は怠慢であると声を大にして言いたい。

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 保水力を失い豪雨で亀裂ができた山肌、     裸地に進入し蔓延する外来種のハルザキヤマガラシ

      
                     (2014.01.09 記)

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本年より、藤原岳に関する耳情報をブログに掲載することにしました。 ご協力をおねがいします。


○ 天狗岩付近に親子のツキノワグマが現れた
藤原岳に写真撮影に来ていた亀山市のK氏が、平成25年12月5日に天狗岩付近で親グマ1頭と子グマ2頭に出くわしました。 あまり突然なことで驚き、じっとしていると親グマは右側に、子グマは左右に1頭づつ別れて林の中に消えた。 
万一、クマに出あったら、あわてない・さわがない・走って逃げない・抵抗しないなど十分に注意して下さい。 (いなべ市 M.S氏より)                     
2014.01.08 記

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2013年の秋の植物です。
わずかですみません。

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アケボノソウ                         ハダカホウズキ

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ビロードシダ                         イチョウシダ
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# by mamorefujiwaraMT | 2013-11-02 21:51 | 花だより