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おほむね山は山を愛する人に属(しょく)す (白居易)

山は誰のものか
              藤原昧々

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   積雪期の藤原岳          早春の展望丘とフクジュソウ       新雪とマユミ


かつて藤原岳は、多志田の渓谷をふくめて、その美しい景観と、「花の百名山」の名に恥じない多種・豊富な貴重植物や生物にめぐまれた文字どおりの「名山」であった。 しかし今、私たちの目の前には、裸形の山容と荒廃しきった自然を曝す「藤原岳」しか存在しない。

アセスも済んだ今、当然のことながら、私たちの要望が、会社に対して現行のセメント生産や廃棄物処理業務を中止するよう求めているわけではない。 企業活動にともなうやむをえない自然への損失・弊害の縮小と是正を求めているだけだ。このためにこそあのアセスメントはあったはずではないのか?
私たちは、失われていく自然景観や貴重な自然と生態系の維持と保護、そして希少種の保存、をできるかぎり推進するよう、会社をはじめ、地域のいなべ市行政と教育委員会に訴え要請する活動をつづけている。

アセスメントが終了し県の認可がおりて、会社は鉱区拡張を開始したが、県の認可条件たる自然の保護措置に当の会社が積極的な努力を示す状況は見られず、また、その実施過程の公開もまだない。
いなべ市と教育委員会も、「藤原岳は太平洋セメント株式会社の私有地だ」としてさっさと身をひき、生物保護への関与と取組みをいっさい放棄し果てている。 「いなべ市が誇るべき自然」と県知事が意見書の冒頭で賞賛した藤原岳へのこうした無関心な態度は、彼らの議会での答弁に如実に示されている。(当ブログ、いなべ市議会答弁) 

セメント鉱山をかかえる多くの他の自治体の自然保護への啓蒙や取組み例などと比較すると、これほど故郷の山にたいする愛情と畏敬の念に欠ける市町村自治体は全国でもめずらしいのではないかと思えてくる。 大学の植物関係の先生方の間からも、いなべ市の関心の低さが、いま大きな顰蹙をかっていると聞くのもうなずける。  県もアセスメントの答申をふまえ、認可にともなう様々な指示は出したが、その適切な指示を会社に徹底させ指導・監督する責務をもっと積極的にはたしてほしい。

山は誰のものなのか。 ひとり所有者たる一私企業の占有にとどまるのか? 地域自治体は企業に対してなんらの口だしも規制も及ぼせないのか?
その疑問に答える力づよい文章を筆者はこのほど目にしたので、以下にご紹介したい。
川口久雄・全訳注「和漢朗詠集」講談社学術文庫 解説(P.619-620)より引用させていただく。    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  勝地(しょうち)はもとより定まれる主(ぬし)なし
  おほむね山は山を愛する人に属(しょく)す

― すぐれた風景の土地は、がんらいきまった所有主があるわけではない、だいたい山というものは、それを愛する人のもちものなのだという意味です。符牒のように「白(はく)」という字がそえられています。白楽天の詩の文句だという、それだけのコメントです。   キリストを描こうと、売笑婦を描こうと、きびしさとやさしさに溢れた目をもっていた画家のルオーが「人が深く愛した土地は、同様におそらく私たちを愛しているのだろう」ということばを引いています。
 フランス・ロマン派詩人のシャトオブリアンは「自然の美しさは見る人の心のうちにある」といいました。 
西欧社会にも通用する普遍性をもった断章ですから、もちろん我が国で、道元禅師が永平寺山中にこもって、『山居十五首』を作り、 
  我れ山を愛する時、山 主を愛す
という偈(げ)を作って山を讃えるのも、日野山の草庵で『方丈記』を書いた長明法師が、
  勝地は主なければ心を慰むるにさはりない
というのも、自然にうなずかれるわけです。
              川口久雄・全訳注「和漢朗詠集」講談社学術文庫 解説より

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   イワザクラ                カタクリ              フクジュソウ
 
 
昭和の初期であろう。セメントに目をつけた太平洋セメントの前身企業が、地元地区民たちから札束で藤原岳の主要部と御池岳の半分を購入し私有地とした。  戦後、周辺は、鉱山区をみごとにくっきり線引き分離した上で、「鈴鹿国定公園」に指定された。 鉱業法のためその最も貴重な核心部は国の公園法がまったく及ばない私企業の聖地として法の規制からはずされた。 時代にそぐわなくなった鉱業法と私有権の専権が、屈指の景観と日本の貴重な生物種の多くを一顧だにせず、破壊・消滅させ続けてきた。点睛を欠いた画龍たる情けない「国定公園」を三重県民はずっと甘受せざるをえなかった。戦後間もなく成立し、以後、環境サイドからの改変なき鉱業法ゆえに。 
いまの鉱業法は、戦後の復興を石炭エネルギー増産に托して生まれた法律だといわれる。 石炭がその役割を終えた今日、その時代遅れの法の強大な権限は、地域の環境・健康・安全・福祉、国民の自然財産などに配慮した改変がなされねばならなかった。 諸悪は鉱業法にあると断ぜずにはいられない。

炭鉱や造林とちがって、セメント山は、所有する企業がみずから山体を破壊し食い散らし消滅させる。
そこに生きる地域住民の目と胸には、故郷の山である慣れ親しむ自然景観が削られ、むきだしの破壊の惨状がもろに突きささってくるのだが、それもいつか原発の町の一部の人のように慣らされる(?)悲しい風景なのだろうか。 それにしても、子どもたちが日々目にする山の景観であることには違いはなく、胸がいたむ。

セメント山の原風景を印象的に描いた、五木寛之「青春の門・筑豊編」の書き出しの部分は、すでにこのブログの拙稿(2012年8月)でご紹介してある。 五木氏は筑豊の山・香春岳を、「醜く切りとられて、牡蠣色の地肌が残酷な感じで露出している。」 「膿んで崩れた大地のおできのような印象を見る者にあたえる。」「山の骨が肉を破って露出しているように見えた。」などと描写された。 しかし彼は、それでいて「目をそむけたくなるような無気味なものと、いやでも振り返ってみずにはいられないような何かがからみあって」、「奇怪な魅力がその山容にはあるようだ。」と、屈折した一種のなつかしさをこめて振り返っておられる。

景観も自然保護もたいせつだけど、日本にセメントは必要だからなあ・・・の声が聞こえてくるようだ。電気はなあ、安保はなあ・・・の調子で。大事故が起きても原発に理解を示し、沖縄のみに基地をおしつける例のトーンで。  しかしセメントは国内でひどく過剰になり生産は往時の半分まで落ちこみ、しかも輸出が生産の2割を占めること、各地で閉山があいついだ歴史を知っている人は本当に少ない。 今のセメント産業は、高温度の石灰焼却にともなう産業廃棄物処理業へと営業の力点は移行しているという。 藤原工場もそうだ。

藤原鉱山は操業開始からもう80年余が経過した。更に50年間の鉱区拡張に向けた今回のアセスメントがきっかけで、藤原岳での貴重な動植物の意外な新種の生存があらためてつぎつぎ知られることになった。
本来ならば、消えゆく運命にある生物の実態調査を当の会社や地域自治体の教育委員会が主になってこれまで遂次調査し記録に残すことがあって良かったのではないか?  故郷の自然をたいせつにするということは、消えゆくものをそこに残せなくても、せめてあったものを記録に残すことではないのか?そのためには、削っていく会社も地元の専門家も、協力して私有地であろうとも現場に入り調査し記録し公表することをやるべきだった。国定公園の広大で貴重な核心部分が長く消えるがままに放置されてきた残念な過去の意味、消えていった未知の生物を問わずにはいられない。
数次のアセスメントから得られた有識者の答申でも、希少な種やレッドデータに関係する新たな種の保護と保存を会社に要請している。 今後のことだが、肝心のいなべ市が会社と対話し自然保護に前向きになってくれなくてはどうしようもない。(本会のブログには、過去のアセスメントの審議内容と結果の答申が記載してあります。)

さて、山や海は誰のものか?
「勝地は主なければ心を慰むるにさはりない」の鴨長明や多くの日本人の感慨も、セメント会社、観光開発業者、ホテル、ゴルフ会社、原発などの巨大な企業の発言力と資金力の前に次第に過去のものとなりつつあるようだ。


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子達の目に映る藤原岳   天下の印籠・社有地標識    非・国定公園の「花の百名山」



付録 ・・・ 事業認可にあたっての県知事意見(抜粋・要約) 2011年1月26日付け

☆ 藤原岳は、石灰岩地特有の動植物が存在する、いなべ市が誇るべき自然であることから、事業の実施にあたっては、十分な環境配慮を行うこと。

☆ 事業期間50年の間に、三重県レッドデータブック等の重要な種の選定が更新された場合には、環境保全措置を行うこと。

☆ 準備書に記載されていない動植物の重要種について確認し、環境保全措置を行うこと。

☆ 地形改変により既存の植生等に大きな影響が見られる場合には、環境保全措置を行うこと

☆ 植物の移植にあたっては、事前に十分な試行を行ったうえで適地に移植し、移植後も生育状況の確認を事後調査で行うこと。 その際、移植候補エリアの環境の調査を移植前に行い、移植を行う植物の生育条件に適した場所に移植を行うこと。 また、移植先の既存の植生に対する二次的な影響についても考慮すること。  重要種の移植を行う株数についても、評価書に記載すること。

☆ 供用開始時までに、マレーズトラップ法及びフィット法による昆虫類の調査、予測及び評価を行い、環境保全措置を行うこと。

☆ XXXXマイマイについては、移殖を前提とせず、可能な限り、事業の影響を回避・低減する方法を検討すること。

☆ イヌワシの採餌環境創出のための林冠ギャップは、試験的に施工し、その効果を確認してから行うこと。なお、施工前にギャップの施工箇所の動植物に対する調査、予測及び評価を行い、環境保全措置を行うこと。

☆ カモシカ、および埋蔵文化財包蔵地である治田銀銅山の保護・保全に努めること。

☆ 水質に関しては、必要な調査を、現況及び採掘が行われる供用中の一定期間ごとに行い、環境保全措置を行うこと。

☆ 土壌については、カドミウムの直接摂取のリスクを踏まえ、土壌含有量調査を行うことも検討すること。

☆ 三重県景観計画に基づく景観形成基準に配慮した事業計画とすること。

                                                   以上